「畑中、くん…っ」
5分ほど走っただろうか。
虹の声で立ち止まった。
虹を見ると肩で息をしている。
俺も少しばかり息が上がっていた。
「はぁ…っ、なん…いきなり…っ」
「ごめ…薫撒きたくて…」
胸に手をあてて顔をあげた虹を見て息を飲んだ。
荒い息、赤く染まった頬、潤んだ瞳に滲む汗。
(……アナタ、本当に男ですか?)
黙ったまま見蕩れていると虹が首を傾げる。
自分の顔が一気に熱くなってその場に蹲った。
「畑中くん? 大丈夫…?」
「大丈夫ー、ちょっと休ませて」
虹が蹲った俺の背をさすってくれた。
自分の方が息が上がってたしキツイはずなのに、虹は優しい。
虹が触れる場所に意識が集中して、そこが燃えるように熱くなる。
こんな感覚初めてで、わけが分からない。
自分が、分からない。
「あ…」
突然虹の手が止まり、虹が立ち上がった。
せっかく心地よかったのに残念に思いながら虹を見る。
「畑中くん、あそこ…休憩しよ……?」
虹が指差す場所に目を向けると小さな喫茶店だった。
何だ。
休憩とかいうからエロい事想像しちゃった。
それに頷いて立ち上がり、虹の手を握って喫茶店に入る。
陽がないだけでかなり涼しい。
窓際の席に座ってアイスコーヒーと、彼がアイスティーを注文した。
それがテーブルに置かれて虹がシュガーを落とす。
ストローを指先で摘んでそれを掻き混ぜるのもすごく上品だ。
「畑中くん、飲まないの…?」
虹が一口アイスティーを飲み込んだところでそう言った。
慌ててアイスコーヒーにストローをさして口に入れる。
見蕩れてしまった。
ストローを挟む虹の唇に。
誤魔化すように一気に半分ほどまで飲むと、虹がやんわり微笑む。
「喉…乾いてたんだね……」
「あ? う、うん」
「いきなり走るから、びっくりしちゃった…」
「ああ、ごめん」
虹の動きから目が離せない。
グラスの底で漂うシュガーを掻き混ぜて唇にストローを含む、その動作も。
アイスティーを飲み下す度に動く喉も。
(何でこんなにエロいの…?)
同じ男とは思えない。
胸がドキドキして、虹をまともに見れなかった。
いつもうるさい俺が無言のままだったからだろうか、寂しそうに虹が笑っていたのは知っていたけれど、感じたことのない自分の感情に困惑していた。
「そろそろ行こっか」
「うん…」
虹にそれだけ言ってテーブルの上に控えめに乗った領収書を取り会計を済ませる。
虹が焦って財布を出す事すらも可愛く感じて、頭を撫でて店を出た。