昨夜虹に連絡して、待ち合わせの場所と時間を決めた。
場所はいつも別れるT字路。
時間は10時。
時間までまだ1時間もあるというのに、俺は落ち着かない。
待ち合わせ場所まで近いし早く行き過ぎても変だ。
「ちょっと! 透貧乏ゆすりやめてよ!」
薫が大声で怒鳴ってきた。
薫は1つ上の姉だ。
高校は違うけれど、俺と違って頭も良いししっかりしている。
「うっさいなー、今日は大事な日なの! 落ち着かないの!」
「どうせまた遊びの女でしょ? こんなんが弟とかばっちぃわ!」
「ちっげーし! 今日は男友達!」
「女じゃ飽き足らずついに男に手ぇ出したか…」
「だから友達だっての!」
恒例の姉弟喧嘩をしていると背後に人の気配がする。
恐る恐る振り向くと、眉間に皺を寄せ銜えタバコをしたタンクトップ姿の母親がいた。
「うっさいね! 行くなら早く行きなチ〇カス!」
俺は文字通り家から摘み出されてしまったのだった。
出る前に時間なんか確認しなかったけど、絶対待ち合わせまで時間があるに決まってる。
足取り重く歩いていると、見慣れた姿があった。
「あ、畑中くん…おはようございます……」
律儀に軽く腰を折って挨拶するその姿に、感動を覚えたと同時に薫と言い合っているうちに時間が過ぎてたんじゃないかと焦る。
そんな俺を見て虹が照臭そうに笑った。
「早く来ちゃって…」
「電話してくれれば良かったのに」
電話してくれれば早くきた。
だってずっとまだかまだかと待っていたんだから、むしろ連絡して欲しかった。
額に光る汗を手の甲で拭ってやると、虹が慌ててタオルで俺の手を拭いてくれた。
ありがとうって笑ってやると、はにかむ。
今日の虹は白いシャツに黒い薄手のカーディガンにジーパンと結構ラフなかっこうだった。
カーディガンが少し大きいようで、袖口から指先しか出ていないのが何とも言えない。
「ごめんね、待たせて」
「ううん、僕が勝手に早く来たんだから…」
「でもさー」
虹の真っ白い肌が焼けちゃったりしたら嫌だ。
夏じゃないとは言え、虹みたいなキレイな肌に紫外線は大敵だ。
日焼け止めなんか塗ってないだろうし、帽子だって被ってない。
虹の首筋に手をやって汗を確認する。
しっとりと濡れたそれに眉を顰めた。
「日焼けしちゃったら…俺悔しくて自分を許せないよ」
「なん、で…?」
「せっかくキレイな肌なのに…大事にしてよ、ね?」
そうお願いすると、虹は顔を真っ赤にしてコクリと頷いた。
素直だ。
ああ、やっぱり可愛い。
「エロ猿」
「ぁでっ!」
後頭部を何かで殴られて振り返る。
そこには薫がいた。
恨めしげに睨みつけると、薫が虹に人のいい笑みを浮かべる。
「やっぱり女じゃない。ボーイッシュだけど……アンタの趣味じゃないね」
「てか、薫なにやってんの?」
「アンタのせいで追い出されたの!」
俺のせいとは心外だ。
だいたい薫がうるさいから俺だって追い出されたってゆーのに。
おかげで虹を長い事待たせなくて良かったけど。
「で? アンタこのバカのどこがいいの?」
「どこが…って…?」
「コイツのどこが好きなの? 女とっかえひっかえするような最低な奴だよ? アンタくらい可愛きゃもっといい男いるだろうに……顔?」
まくし立てる薫に虹が面食らった顔をしている。
薫は完全に誤解している。
そりゃ確かに、虹は目も大きいし肌も白いしちっこいし、可愛いけれども。
「あの…僕、男です……」
今度は薫が固まった。
虹も困惑しているようで、俺に救いの目を向けてきている。
「ごめん…姉貴、です」
渋々紹介すると、虹が安心したように頬を緩めた。
薫にペコリと頭を下げて挨拶をする。
「遠山虹です…畑中くん、キレイなお姉さん…だね」
柔らかく笑う虹に薫がぽけっと見蕩れている。
何だか嫌な予感がして虹の手をギュッと握った。
「虹くん、こんなん止めてアタシと遊ぼ!」
キラキラした顔で虹に迫る薫に頭を抱えるしかなかった。
薫は昔から俺と好みが似ている。
薫が好きな物はだいたい俺も好きだ。
動物も、食べ物もドラマだってゲームだって。
「虹、走れ!」
「えっ?」
繋いだ手をそのままひいて走り出す。
虹はもたつきながらも着いてきてくれた。
背後から薫の叫び声が聞こえたけれど、虹を取られるよりマシだ。