教室で話していると、結構時間が経っていたらしい。
諸岡が教室にきて、ようやくそれを知った俺たちは当初の目的を思い出した。
「どーするよ……」
隣を歩く虹に聞こえないように言ったつもりだが、しっかり聞こえていたらしい。
どうしたの? なんて小首を傾げて見上げてくるあたり、もう計算なんじゃないかとすら思えてきた。
「明日、どこ行けばいいとか分かんないし」
諸岡に花の苗がない事を言うと、買いに行けと言われたのだ。
何か植えたい花があるのだろう? とも。
確かに何を植えてもいいのかと聞いてみたけれど、花なんか興味ないし植えたい花があるわけない。
というか、花の苗ってどこにあるのかすら分からない。
唸りまくる俺の隣で虹が控えめに笑った。
「大丈夫…普通にホームセンターとか、売ってるから……」
「あ、そうなの?」
「知らなかった……?」
「つか、行かない」
ホームセンターなんてノート買ったり電池買ったりする場所としか認識してない。
自慢じゃないけど高校生になってからノートなんざ買った事がない。
そう言うと虹は目を丸くして驚いていた。
「ノートなくて…勉強出来るの?」
「俺姉貴と妹いるから、もらってんの。ノートうつしてないわけじゃないよー」
「姉妹…いるんだ……」
虹が丸くした目をパチパチと瞬かせた。
俺に兄弟いる事がそんなに珍しいですか?
確かに俺は一人っ子だろとよく言われるけども。
「いるよー、姉貴2人に妹3人」
「そ、そんなに…」
「まだ元気よー。また妹増えるんじゃないかってヒヤヒヤする」
軽くそう言っただけなのに、虹は笑うでもなく顔を真っ赤にしてる。
ここは笑うところですけど。
期待を裏切らず純情?
何だか嬉しいかも。
緩む頬を何とか抑えようとしたけど、変な顔になりそうだからやめた。
それでキモいなんて言われたら生きていけない。
頑張ってキモいなら頑張らずにキモい方がいいに決まってる。
顔を真っ赤にして無言のまま歩く虹に、何て声をかけたらいいのか分からなくて
俺も無言のまま歩いた。
つまらなくも不安にもならなかったのは、時折虹が俺をチラっと見ては俯くのを繰り返していたから。
きっと、話題を探しているんだろうと思ったから、虹からのそれを待った。
「あ、虹こっちでしょ?」
「あ……うん」
「じゃ、バイバイね?」
手を振るけどなかなか虹は歩き出さない。
何かと思って話しかけようとしたけれど、指を絡めてそわそわしている虹に話を切り出そうとしているのだと思ったから待つ事にした。
「あの…」
「はぁい?」
やっと決心が固まったのか顔を上げて発言する虹に、最大限の優しい声で応える。
「明日…一緒に買い物……」
「うん、一緒に買い物行くよ?」
「僕なんかと…いいの?」
困惑気味に、怯えたように、目を逸らして言う虹に何も言えなかった。
まさか今更そんな事を言われると思わなかったからだ。
「明日、休み…だよ?」
「うん」
「彼女、とか……」
「え、いないけど?」
また虹が目をパチパチと瞬かせた。
女友達はいるけど、特定の彼女がいるわけじゃない。
そりゃ、いい思いはさせてもらってるけど彼女たちだって割り切ってやってる事だし、彼氏が出来れば俺なんかとは遊ばなくなるだろう。
所詮その程度だ。
「何だ、そんな事考えてたの?」
「そんな事……?」
「明日、楽しみだね? 虹の私服見れちゃうんだもん」
複雑そうな顔をした虹に早口でまくし立てると、小さく頷いた。
明日の待ち合わせだとかの連絡の為にアドレスを交換して2人、帰路につく。
虹に軽蔑されたかもしれない。
今更ながら今までの自分を後悔した。
虹に嫌われたくない。
そう思うのは、何故だろう。