吐く息が白い。今年はこの冬一番の寒さだとか何とか、朝結野アナが言っていたことを思い出して土方は一層げんなりした。寒いのは苦手だ。今も昔も。
馬鹿げた天人(確か差亜門星の首相とか言っていた気がする。鱗がぬらぬらと光っていた)の警護が終わり、今日の表向きの仕事は終了。まだ残っている始末書やらの書類とその主犯を思うと頭痛がする。取り敢えずニコチンを摂取しようと気に入りの銘柄に火をつけた。公共の建物内での喫煙禁止なんて、世間は喫煙者に冷たくていけない。


「ふくちょーう」
「あ?」
「あ?じゃないですよどこのチンピラですか。局長から連絡聞きました?差亜門星の首相は無事に大使館に到着したそうです」
「あー・・・悪ィな。電源切ってんの忘れてた」
「そんなことだろうと思いました。・・・帰らないんですか?」


副長補佐のやわらかな髪がふわりと揺れる。風が身を切るように冷たい。このビルの屋上からは、江戸の街がよく見える。


「帰りてェのか」
「へ?そりゃあ・・・寒いので」


でも、ともごもご呟くぷっくりとした唇が愛らしい。どこか仕事の緊張感を含んだこの状況に相応しくない不埒な衝動を宥め、土方は静かに詩音の言葉を待った。


「ふ、副長がいるなら、その、・・・わ、私は副長補佐ですから」


「そうかよ」


言葉は乱暴でも、その口調はやさしい。仕草で隣に来いと促され、同じ場所から江戸を見る。雪が降りそうなどんよりとした空に、土方の煙草の煙がゆらゆらと揺れていた。


「もうすぐ春ですね」
「冬真っ只中だよ馬鹿。一年中春なのはテメェの頭ん中だけだろうが」
「やだなあ、1月は行く、2月は逃げる、3月は去るって言うじゃないですか。春なんてもうすぐですよ」
「浮かれた野郎が増えて仕事も増える季節だな」
「お花見したいですねえ、副長」
「団子食って酒飲みたいだけだろ。屯所の雑草でも見とけ」
「あ、そういえばこの間新しく甘味処ができたって、「却下」・・・むう」


僅かに唇を尖らせるのは、拗ねる直前のサイン。詩音の表情ひとつで感情を知ることができるようになったのは、いつからだろう。もう随分と前からのような気がする。
あまり副長補佐の機嫌を損ねることのないように、軽く頭を叩く。ちっとも痛くないくせに、あだっ、という何とも可愛気のない声が聞こえた。


「酷い副長!私はこうやって副長のサボりにつき合ってあげてるのに!頭蓋骨が折れた!」
「嘘つけェェェ!大体これはサボりじゃねェ、休憩に一服してるだけだ」
「ものは言いようですね。という訳で副長、副長の休憩につき合ってあげたお礼に甘味処につき合ってください!」
「駄目だっつってんだろ。テメェの休憩何分あんだよ」


短くなった煙草を携帯灰皿に押しつけ、江戸の街並みに背を向ける。ぱたぱたとついてくる足音は、唇を尖らせてはいなかった。そういえば、と今週末は久しぶりに休みが取れそうだったことをふと思い出す。


「栗屋、」
「はい」
「今週末、水族館でも行くか」
「・・・へ?」


差亜門星の首相とやらの鱗を思い出す。ぬらぬらして気持ちの悪いことこの上なかったが、あれだって水の中ではきらきらと光るのだろう。大きな水槽の前でちいさく歓声を上げる詩音が脳裏に浮かぶ。


「副長、・・・それは、任務で?」
「馬鹿か。休みだよ」


屋上へと続く薄暗い階段で、詩音は不思議そうに首を傾げていた。それが妙に愛しくて、勤務中は呼ばないようにしている名前をひそやかに口にする。


「詩音、」
「いま仕事中、」
「休憩中だからいいんだよ」


少しの沈黙と戸惑いの後に「・・・十四郎」と紡がれた自分の名前。その紡いだ場所に、素早く唇をおとした。


「ふあ、十四郎、」
「休憩は終ェだ。帰んぞ」
「・・・意地悪」


水族館いいですね、と笑う詩音の頬はまだあかい。そのことに何故か優越感を感じながら、車に乗りこみアクセルを踏んだ。隣から、上機嫌な詩音のすこし間の抜けた鼻歌が聞こえる。


「今日の首相はちょっと気持ち悪かったけど、魚っていいですよねえ。きらきらしてて、すいすい泳いで、しかもおいしいし」


最後の食べる側の感想には気がつかなかった振りをして、そうだなと相槌を打つ。この調子なら、数十分で屯所に辿り着けそうだ。
いつの間にか静かになった隣に目を遣ると、すうすうと寝息をたてていた。忙しい奴。喜怒哀楽の激しい、よく食べてよく飲む女。だから、飽きない。
赤信号で、できるだけやさしく停車する。少し着崩れてちらりと覗いているすべらかな喉を、指でなぞった。


「つめた・・・、副、長?」
「あんま無防備に寝るんじゃねェ」
「ん、」


喉元に噛みつきたい衝動が突き上げる。そこだけで彼女を追いつめてみたい。溢れ出す欲に蓋をして、青になった信号に走り出した。夜まではまだ長い。江戸の街には、例年より少し早い初雪がちらつきはじめていた。


どろり、融け出した

(融解する君と僕)


*********
捧げものです。色気のあるイケメン土方さんを目指したのに・・・どうしてこうなった。
素敵な贈り物を頂いたのに申し訳ないです。書き直し、本人様に限り全力で受けつけますので!
「水族館」が出てくる話が書きたかったんです。ぐだぐだすみません。
こんなものを差し上げ(押しつけ)てしまってすみません・・・!だいすきです!




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -