今年の桜は遅咲きらしい。校庭の蕾は、大半がほどけはじめたばかりだった。在校生の修了式のあたりに、丁度見頃を向かえるのだろう。
修了式を終え、3年の校舎はがらんとしている。いつもよりも1階分多く階段を上り、土方は錆びた扉を開けた。
(・・・さみィ)
吐く息が白く濁る程ではないが、明日3月になることを思うと空気が随分とつめたい。マフラーか薄手のコートを持ってくれば良かったと少し後悔する。手袋はつけない質だ。誤って燃えてしまうかもしれないから。
ポケットから気に入りの銘柄と安物のライターを取り出し、火をつける。白い煙はゆらりと霞み、すぐに消えた。
「あ、不良はっけーん」
間伸びした声に、びくりと肩を揺らす。振り返れば何のことはない、只のクラスメートだった。
「栗屋かよ」
「びびった?」
「ばっ、誰がびびるか」
「風紀副委員長で成績優秀眉目秀麗、剣道の達人皆から一目置かれる土方十四郎くん」
「達人なんかじゃねェよ」
「成績優秀と眉目秀麗は否定しないのね」
「否定したら逆に嫌味だろ。てか成績優秀はお前に言われたかねェ」
「ふふ」
不良だとか言った癖に、クラスメートの栗屋は隣に立ってぼんやりとしている。煙草平気なのかと尋ねると、大人だからねと意味のわからない言葉が返ってきた。同じ18歳だし、まず大人が皆煙草が平気な訳ではない。
「明日で終わりだね」
「そうだな」
「ここ寒い。教室行こうよ土方」
「教室じゃ煙草吸えねェだろうがよ」
「吸っちゃえばいいじゃん」
「お前は俺の高校生活の最後の最後に汚点を残す気か」
「土方、時が経てばみんな良い思ひ出になるんだよ」
「いい感じに纏めんな。つーか思ひ出って何だよ、思い出でいいだろ」
「何となく?雰囲気」
ますます意味がわからない。しみじみと高校生活を振り返り始めるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。ぼんやりしたり、饒舌にくだらないことを話したり。思い出したように鞄から缶のココアを取り出し飲み始めた栗屋を、不思議に思い観察する。
「何?欲しいの?」
「いや、別に」
「はい。あげる」
渡されたのは、甘ったるいココアなんかじゃなく、コーヒーのブラックだった。どれくらい鞄に入れていたのだろうか、少し温い。
「・・・温い」
「修了式終わってから何となく買ってみたんだよ、温いとか贅沢言わないの」
「サンキュ」
「うん。何か今度奢ってよ」
「そのココアぐらいならな」
「チョコレートがいい」
「わかったわかった」
やった、と笑う栗屋に、暫し見惚れてしまった。悔しいから言ってやらないけれど。クラス替えは面倒だからやらない、というこの学校のとんでもない方針のお陰で3年間同じクラスだったというのに、そんな表情ができることを初めて知った。
土方が考えていることなど気にも留めず、栗屋は隣で空が綺麗だねえ、などと呑気に呟いている。
「土方は、この町出てくの?」
「ああ」
「そっか」
そっと隣を窺ってみたが、その表情は読めない。興味がないのならば聞かなければいい話なのに、とコーヒーを啜る。このメーカーのブラックはあまり好きではない。
「それじゃ、はなればなれだねえ」
妙に間伸びした口調で零されたそれは、心臓を掴まれたような気にさせた。荒々しく缶を置き、隣の唇に自分のそれを重ねる。
「んっ」
突然のことに驚いたようだが、抵抗はしない。それをいいことにたっぷり1分間はそうしていた。僅かに色のついたやわらかな唇は、リップクリームの苺の味がした。唇を離すと、栗屋はゆっくり深呼吸をする。失った酸素を取り戻すように、いつもの自分を思い出すように。
「まあ、嘘だけどね」
「・・・は?」
「離ればなれ。私、土方と同じ大学行くんだよ」
知らなかったの?とにやりと笑うその表情は、もういつもの彼女のものだ。知らなかった、と言うと正直でよろしい、なんてふざけた返事が返ってくる。
「という訳で、これからもよろしくってことでさ、ファミレスかなんか行こうよ」
「・・・コーヒーの旨いところな。このブラック不味い」
「知ってる。この前飲んで不味いと思った」
「おま、それを俺に飲ませたのかよ」
「いや、別に土方にあげようと思って買ったわけじゃないもん。ほら、最後だからさ、この不味いのも最後っていうかさ、まあ要するに気分なんだけど」
「わかんねェよ。・・・行くか」
「うん。途中のコンビニでチョコレート買ってね」
錆びついた扉を閉め、薄暗い階段を下りる。授業中の教室の脇をそろりと通って外に出ると、例の桜の樹が静かに佇んでいた。綻びはじめた薄桃色の蕾は、中途半端な自分達によく似ていると考えながら、校門を抜ける。
世界が芽吹いた日
(出発はいつも、すこしだけ切ない)
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とある方に相互リンク記念に献上(押し付け)させて頂きます!
学生っぽく透明感ある感じを書きたかったのにそうでもないという・・・しかも土方さん押されっぱなしで全然イケメンじゃない 笑
会話を書くのが凄く楽しかったです、思いついてから書き上げるまで1時間 笑
こんなのですが貰ってくだされば幸いです、当人様に限り書き直しばんばん受けつけますので!
これからもよろしくお願いします(*´∀`*)
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