(・・・寒、)


どうやら今日、世間では年が明けたらしい。時間なんて不確かで曖昧だと詩音は思う。その上止まっていたい時は残酷に進み、進んでいたい時は亀の歩みの如くのろまだ。
手早く隊服に着替え廊下に出ると、攻撃的な寒さが体を襲う。このままじゃ見回りの間にすっかり体は芯まで冷え、指先はあかくつめたくなってしまうだろう。全くもって世界は私にやさしくない。


「おはよう、詩音ちゃん」
「ああ、どこから声がするのかと思ったら退か。ごめん、地味すぎて気づかなかった」
「新年早々失礼極まりないね君は。俺の方が一応先輩なんだけど。明けましておめでとう」
「明けましておめでとう、今年もよろしくされたくないけどよろしくお願いします。今は私が上司だからね退くん」
「俺監察方のトップなんだけど、エースなんだけど。大体監察を軽んじると監察に泣くよ」
「監察を軽んじてるんじゃないよ、退を軽んじてるの」
「おい詩音、総悟見なかったか」


土方が煙草を燻らせながら此方にやって来る。新年だからといって禁煙するという考えは彼にはなさそうだ。顔に疲れが滲んでいる、また睡眠時間を削って仕事をしていたのだろう。この顔で睨まれたら寿命が5年は縮まりそうだ。泣く子も黙る真選組、というより泣く子も黙る鬼の副長だろう、というどっかの隊士の意見は、あながち間違いではないと思う。


「オイ、今なんか俺に失礼なこと考えてなかったか」
「まさかそんなバナナ。副長明けましておめでとうございます。沖田隊長なら見てませんよ」
「ああ、おめでとさん。チッ、どこに行きやがった」
「団子屋か川原かファミレスですかねえ。私今からさがるんるんと見回りなんで、見つけたら連れ戻してついでに甘味処で休憩しておきますから」
「ついではなしで頼む」
「はいはーい。行くよ、さがるんるん」
「ねえその呼び方やめてくんない」
「いいじゃん別に」
「詩音、」
「はい」


瞬間、煙草の匂いが鼻を掠めた。首に温もり。赤なんて、らしくないと思う。


「寒ィから巻いとけ。なんで女のくせにマフラーひとつ持ってねェんだよ」
「・・・ありがとうございます」


余程寒いのが嫌だったらしく、土方はがたんと勢いよく部屋に戻ってしまった(そういえば詩音と山崎が話していたのは、偶然にも土方の自室の前だったのだ)。マフラーに顔をうずめて歩き出す。あたたかい。


「副長、詩音ちゃんには甘いんだから」
「そう?」
「そう。見回り行こうか」
「うん、お散歩行こう」
「見回りだから。そこ大事だから」
「じゃあ自販機でココア買ってよ、退」
「はいはい」


言ってみるもんだなあ。
屯所から程近い自販機でココアを買ってもらいながら、ぼんやりと思う。元旦だから皆、心に余裕があるのかもしれない。不審な人物も見かけないし。


「沖田さんいないなあ」
「ねえ。きっと団子屋にいると思うな。ほら」
「・・・詩音ちゃんってエスパーなの?」
「まさかあ。私あの人の副隊長だから」
「明けましておめでとうごぜーやす。二人で元旦デートですかィ、たたっ斬られてェみたいですねェザキ」
「ごご誤解です!誤解ですって!」


団子屋の店先に、沖田がふてぶてしく座っていた。傍らには団子。ずるいと思う。ここは彼の気に入りの店で、サボりスポットのひとつとなっている。


「一本くらいならくれてやりまさァ。そのマフラー、アンタのですかィ?」
「やった!ああ、これは副長のです」
「・・・ふうん」


心底おもしろくなさそうに、沖田はマフラーを見やる。わかりやすいなあ、なんて山崎が思ったのは内緒だ。無表情に沖田がマフラーを引っ張り、詩音の口からぐえっと蛙が潰れた様な声が漏れた。


「っうえ、い、いきなり何すんですか沖田隊長!まじで今息止まったんですけど!目がちかちかしたんですけど!」
「いーじゃねェか、元旦から息が止まるって貴重な体験したんでさァ、感謝しなせェ」
「相変わらず無理矢理!っは、けほ、うー、何だってんだ・・・」
「朝から俺に向かって暴言吐くからじゃないの」
「五月蝿い退」
「・・・アンタ、手袋してねーんですかィ」


見ると、確かに詩音は手袋をしていなかった。あかい指先は見ているこっちが痛い。沖田はしょうがねェなあ、なんて言って、紺のミトンをそのちいさな手にはめた。


「へ、何して、」
「俺ァカイロあるんで。じゃ」


颯爽と沖田が立ち去ろうとする。詩音は瞬間的にその襟首を掴んだ。ぐえっと蛙が潰れる様な声が聞こえる(あれ、デジャヴ)。


「見回りしてから屯所に帰りますよ、沖田隊長」
「チッ」














「あ、鴨ちゃん」
「鴨ちゃん?」


詩音の視線の先を辿ると、そこには参謀・伊東鴨太郎の姿。鴨ちゃあん、とぶんぶん子供の様に手を振る詩音に伊東が僅かに微笑んだように見えて、思わず沖田と山崎は目をしぱしぱさせた。近づいてきた伊東は、いつものポーカーフェイスに戻っている。


「詩音、鴨ちゃんなどという呼び方はやめてくれと僕は前にも君に言ったと思うのだが」
「そんなこと言っちゃって、鴨ちゃんほんとは嬉しいくせに〜」
「・・・君との会話は噛み合わないな。まあいい、この間のクリスマスプレゼントのお返しを買ってきたんだ、良かったら使ってくれたまえ」
「友達の鴨ちゃんがくれるものなら私喜んで使うよ!ふわああ、可愛い!」


伊東のお返しとやらを、沖田と山崎も覗きこむ。そこには、


くまの、もふもふの、耳あて。


「さ・・・参謀って、こんな趣味だったんですか・・・?」
「ち、違う!別に、僕は、」
「かっ、隠さなくてもいいんですぜ、ぶわはははははは!」


町に、山崎と沖田の笑い声が響く。まっかな顔で弁明する伊東の話など聞いちゃいない。詩音はその騒ぎに紛れ、そっと耳あてをしてみた。あたたかい。
変わらないように見えて、変わっていくもの。進んでいくこと。今年も悲しいことはきっとたくさんあるけれど、それでも今は笑おうか。新しい年のはじまりに、僅かに心が動く。それがやけに嬉しくて、詩音はまだ騒いでいる3人に走り寄った。


はじまりに笑う

(明日もこうして、笑おうか)


*********
明けましておめでとうございます。2013年一発目は真選組です。このヒロインは低血圧です。だから朝は頗る機嫌が悪いのです。笑
鴨ちゃんは可愛いものがすきだったらいいと思う。このあと近藤さんがにこにこ笑顔で「新年初見回りお疲れ様!」って言ってがははって笑って、皆仲良くお雑煮食べればいいと思う。

2013年もよろしくお願いします!

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