セプテンバーは還らない

はじまりは、9月のよく晴れた日だったと思う。大学生のわたしたちはまだ長すぎる夏休みを満喫している最中で、10月からはじまる大学がだるいだとか面倒だとか、うだうだと文句を言いながら坂本の部屋に集まっていた。わたしたちっていうのはつまり、わたしと銀時と坂本と高杉と桂のことだけれど。なぜ坂本の部屋かというと、奴の部屋が一番広いから。
わたしと銀時は高校生のときから付き合っていて、桂と高杉は銀時の幼馴染みで、坂本はわたしと学部が同じで。なんとも不思議な縁だけれど、なんとなく馬が合うのもあってわたしたちは一緒にいる。


9月とはいっても夏は色濃くその影をおとしていて、冷房をつけなければ背中や首筋にじとりと厭な汗をかく。銀時と高杉は坂本の持っている古いテレビゲームに熱中していて、桂は漫画を一心不乱に読んでいた。ここ数日ずっとそんな調子だったから、わたしは退屈していた。けれども快適な溜まり場を抜け出してどこかにあそびに行こうと皆を誘う程わたしはアクティブではなかったから、ただゲームをぼんやりと眺めたり漫画を手にとってみたりうとうとと微睡んでみたりして、この退屈を享受していた。
その間坂本が何をしていたのか、正直に言うとあまり覚えていない。漫画を読んでいたのかもしれないし、寝ていたのかもしれない。同じ部屋にいたにもかかわらず、坂本の存在感はあまりにも希薄だった。


「芙由花、ジュースが切れたけえ、買いに行かんがか」
「えー、やだ。暑い」
「アイス買うてやるき」
「行く」


3人を冷房の効いた部屋に置き去りにして、わたしと坂本はじりじりと太陽が焦がす町に一歩踏み出した。最寄りのコンビニまでは、徒歩10分程の距離。近いようで、地味に遠い。


「暑いのー」
「あつい。とける。坂本、わたしプレミアムソフトクリームが良い」
「アッハッハ、普通ので我慢せえ」
「けーち」


ひんやりと涼しいコンビニの店内でジュースを物色し、お菓子の新作をひやかし、アイスクリームを買ってわたしたちは店を出た。坂本はジュースを、わたしはポテチとチョコレートの入った袋をそれぞれ持っててくてくと歩く。すぐに溶けてしまうソフトクリームにわたしは夢中で、坂本がさりげなくわたしを影に入れるように、歩幅をあわせてゆっくり歩いてくれているのにも気づいていなかった。


「おいし」
「芙由花はまっこと幸せそうに食べゆうの」
「うん、しあわせ。一口いる?」
「…えいがか?」
「うん。もともと坂本に買ってもらったやつだし」


木陰でぱたりと立ち止まる。暑さのせいか町は静まり返っていて、熱を孕んだ風が時折葉を揺らすくらいだった。
ソフトクリームを差し出すと、坂本はじいっとわたしの瞳を覗きこんだ。深い瞳だ、と思った。銀時のようにあかくない、とも。
坂本の舌がソフトクリームを舐めとる。うしろあたまを大きな手に支えられて、そのまま唇が重なった。まるでそれが自然なことのように、なめらかに。とけたバニラ味が流れこんでくる。


「ひやいのう」
「さかもと、なに、」
「辰馬」
「へ、」
「辰馬っち呼びいや?芙由花」


ゆるりと坂本の口角が上がる。細められた瞳の奥は、深くて深くて測りきれそうにない。
なに、どうしたんだ。こんな坂本、わたしは知らない。


「…たつま、」
「良い子じゃ、芙由花」


身体が沸騰しそうに熱い。坂本の唇はつめたいくせに舌はひどく熱くて、ソフトクリームで冷やされた口内を蹂躙するそれは、わたしをゆるゆると壊していく。
こんなことはいけない。こんなの、銀時に対する裏切りだ。
そんな考えが頭の中をちらついてはかき消される。深い瞳に絡めとられる。


「…銀時たちが待っちょるき、そろそろ帰るぜよ」


火照った身体に気づいていないかのように、坂本はすうっと離れていった。ソフトクリームがぼたりと垂れて、アスファルトに滲みをつくっている。混乱する頭の中に、坂本の深い瞳と熱い舌が強烈に焼き付いていた。












それからも淡々と日々が過ぎていった。わたしたちの関係は、何も変わらない。わたしと銀時は付き合っていて、桂と高杉は銀時の幼馴染みで、坂本はわたしと学部が同じ。いつも5人で一緒にいる。
ただすこし変わったことは、坂本が時々、銀時のいないところでわたしにキスをするようになったこと。そのとき、坂本はわたしに「辰馬」とよばせること。
もうすぐ冬休みがくる。わたしはクリスマスに、銀時にマフラーをプレゼントするつもりでいる。マフラーを編みながら、坂本と次にキスをするのはいつだろう、と仕様のないことを考えている。


セプテンバーは還らない






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