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行為後の気怠い感覚が、腰を中心に纏わりついてはなれない。詩音はおおきな欠伸をひとつして、取り敢えず最低限の衣服だけを身に付けて再びベッドに横になった。暑い。クーラーの温度を下げたら、怒られるだろうかと考える。汗でべとついた体が気持ち悪い。
温度を下げるか下げまいかうだうだと悩んでいると、部屋に土方が入ってきた。上半身裸にジーンズという変な格好。上は、と訊くと、面倒臭ェ、と返ってきた。この男の言うことは時々よくわからない。それならば下着だけ着ておけばいいものを。裸なんて、見飽きる程見ているのだから。


土方の素足がフローリングの上をぺたりぺたりと歩くのを、ぼんやりと眺めてみる。キッチンのほうに進んだ足は、冷蔵庫の前でとまった。ペットボトルのキャップを開ける音がする。またぺたりぺたりとやってきて、隣がぐうんと沈む。水を飲むその喉をまた眺めていると、のむ、と訊かれた。確かに喉は渇いていたから、遠慮無くくちをつける。ごくりごくり。


「あ、」
「なに、」
「間接キス」
「あ、ほんとだ。だめだった?」
「いや」


ほんとうの恋人同士なら、こういう会話は甘やかなものになるのだろうな、と思う。ふたりにそれは当てはまらない。最初から知っている。
浮気相手。愛人。暇潰しの相手。どれもちがう気がしている。確かなのは、クラスメイト、と恋人、ではないということ。
ろくでもないものどうし。詩音は、心の中でそっと呟く。今のところ、彼女の中てそれが一番しっくりくる言葉だった。
わたしたち、ろくでもないものどうしだね、ねえ土方。


「あ、桃」
「桃?」
「うん。農家やってる親戚が大量に送ってきたから、持ってきたの。早くたべないと傷むし」
「ふうん。いくつか貰っていいか」
「おー、どうぞどうぞ。ナイフ貸して、今たべる」


紙袋に山のように入っているうちのひとつを手に取って、刃をあてる。薄い皮を、丁寧に丁寧に剥いていく。手でも剥けるのだけれど、ナイフの方が好みだ。
土方は数個残して、桃を全部冷蔵庫に入れてしまった。きっと彼女と一緒にたべるのだろう。隣のクラスの、風紀委員のあのこ。彼女は、桃をナイフで剥くひとだろうか、手で剥くひとだろうか。なんとなく、そんなくだらないことが気になった。丁度ひとつ剥きおわったところで、お呼びがかかる。


「ひとつくれ」
「切り分けた方がいい?」
「いや、いい」


果汁滴る白い球体が、土方の手に渡る。少し熟れ過ぎた感のあるそれは、濃厚な香りを放っていた。


「甘ェな」
「うん」


歯をたてると、やわらかく食い込んで白を囓りとる。土方がなにかを食べているのを見るのがすきだ。品があるのに、どこか野生を思わせる。そのくせ、とても綺麗に食べるのだ。
もうひとつ、剥き終わった自分の分にくちをつけた。とろけるような果肉が、喉を滑りおちていく。どろり、癖になりそうな強烈な甘さだった。
二人、ベッドの上で、桃を剥いては黙々と食べる。もしここにどちらかの親がいたなら、行儀が悪いとすぐさま叱られることだろう。そう思うとぞくぞくする。ぞくぞくすることがすきだった。昔から。口のなかすべてを使って、その甘さを堪能する。んんん、甘い。
最後のひとくちをごくりとのみこんだところで、不意に右手を取られた。指先を、突然生温かい感触が這う。


「っ、ひじかた、」


情けなく声が震えた。すうと目を細めて、妖艶に土方が嗤う。確実に、おもしろがっている。その瞳の奥に色がちらついているのを、確かに見た。スイッチを入れてしまったらしい。
土方の舌が、汁でべたべたになった指先を執拗に這い回る。吸い上げ、べろりと舐め上げ、口に含んでくちゅくちゅと音をたてる。ぼたり、唾液か桃の果汁かよくわからないものが、フローリングの床に垂れた。


「甘ェ」
「・・・あっそ」
「甘ったるいのはすきじゃねェんだ」
「じゃあたべなきゃよかったのに」
「ああ」


ああ、なんて言いながら土方の唇は右手から離れない。熱を帯びた視線が絡まりあって雁字搦めになっている。こんなこと、彼女にはしないのだろうな、なんて、ふと思った。綺麗な黒髪の、清楚なあのこにこんな淫らなことはできないだろう。ひたひたと優越感が体を侵食していく。べつに、あのこのことが憎いとか、土方の彼女になりたいとか、そういうわけではない。それとこれとは別問題だ。


土方のくちが、やっと右手から離れた。勿論、それだけで終わらせるつもりは毛頭ないらしい。鎖骨のあたり、あまくちいさな痛みが走る。首筋にも。


「あー、ばか」
「んだよ」
「明日体育あるのに。しかもプール」
「生理っつって休んどけ」
「うわ、横暴。風紀副委員長横暴」
「なんとでも言え」


乱暴な言葉の割に、その口調はたのしそうだ。やっと唇と唇がかさなる。酸欠で理性が飛ぶまでキスをする。すこし勢い良く倒れこんだおかげで、安物のベッドがぎしりと軋んだ。クーラーの温度を下げる音がする。


「土方あ」
「あ?」
「痛いのはやーよ」
「・・・とんだ天邪鬼だな、テメーは」


土方の瞳は、完全に捕食者のそれで。ぞくぞくと甘い痺れが全身を駆ける。噛みつくように唇を合わせ、その隙に締まった腕がタンクトップの中へ滑り込んだ。なんて非生産的な行為だろう、とホックを外されながら、酸素の足りないあたまで考える。でも、とても素敵だ、とも。
呼吸が荒くなる。みっともない声が漏れる。だらしなく二人で溶けあって、なにも考えられなくなって、ふかくふかく果てた。時計の針がお昼のてっぺんを指す頃のこと。


熟れきった夏の腐敗

(その誘惑は甘すぎた、)




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