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ぬるい。
安いソファに預けている背中に、じっとりと汗が滲む。やはりエアコンを買うべきだ、と銀時は思う。エアーコンディショナーという文明の利器は、今のところ万年金欠の万事屋とは縁遠い。扇風機ではここ最近の猛暑に歯がたたないということを、万事屋の(つまり銀時の)財布の紐をきっちり締めている彼女も、そろそろ認めてもいい頃だ。
そこで、銀時はこの夏何百回、いや何千回繰り返した思考を停止させた。これを口に出したところで、エアコンが欲しいならもっとしっかり働いてね、と詩音の皮肉の効いた笑顔が返ってくるのが関の山だということを、彼はやっと学習しはじめていた。



ちらり、社長椅子に目を遣る。いつもなら銀時がきいきい言わせて占領しているそこが、今日は詩音の休憩場所になっていた(しょうがないだろう、家事を全て終わらせた直後の彼女に「どいて」なんて言われたら退散するしか術はないのだ!)。
今まで静かにジャンプを読むことに徹していたが、そろそろ昼時である。つまり、銀時は腹が減ったのだった。



「詩音〜、今日の飯どうする」
「知らない。いらない。たべたくない。わたし作らないよ」


ぎょっとして詩音の方を見るも、彼女は読んでいる文庫本から顔を上げようとしない。何かしただろうか。今日半日を振り返ってみるけれど、いつもと何ら変わらない気がする。
とすると、彼女の体調の問題か。どこか悪いのだろうか。わたわたと社長椅子に駆け寄ると、詩音のページを捲る手がとまった。


「えっえっ、何、どしたの詩音、どっか悪いの」
「べつに。頭痛くてお腹痛くてだるくてなんにもやる気が起きないだけ。その名も銀時病」
「いや、人の名前使って架空の病気でっち上げんのはやめような、銀さん傷つくからね、ウン」


確かに、心持ち顔色が悪い気もする。ぴたり、額と額をくっつけてみたけれどよくわからない。熱はない、と思う。適当に食べて、と言う不機嫌な彼女に、ふと、ひとつの可能性が思い立った。絶対それだと確信する。


「詩音、・・・生理?」
「・・・・・・うん」
「痛み止めは?飲んだ?」
「・・・のんだ」
「ん、いーこいーこ」


よしよしと頭を撫でると(詩音はこれがすきだ)、腹がぐうと鳴った。詩音の。ふむ。


「んー、じゃァ、今日は銀さんがお前の分も昼飯つくるわ。腹減ってるみてーだし」
「・・・いいの?」
「おー。くっそ美味いのつくってやっから待ってなさーい」
「・・・ん。ありがとう」


ふにゃりと笑った彼女の頬に唇をおとして(調子に乗るなと頭をはたかれた)、台所へ向かう。新八と神楽はお妙の家にあそびに行っている、この間スーパーの特売で買いこんだ食料はまだそこそこ残っている。さあ、何をつくろうか。
ふわふわとろり。詩音の大好物が思い浮かんだ。










「できましたよーっと。ほら、冷めないうちに食え」
「オムライス・・・!」


大好物に、きらきらと瞳を輝かせる。先程までの不機嫌が嘘のようだ。我ながら上出来だと思うそれに、口をつける。やわらかな黄色が、口内でとろりととけた。詩音の表情が、みるみるうちにほどけていく。


「美味い?」
「おいしい。毎日たべたい」
「馬っ鹿お前、こういうのはたまに作るからいーんだよ」


幸せそうな表情を見ていると、こちらまで頬が緩む。たまにはこういうのもいいかもしれない。あくまでたまには、だけれど。
「食べたくない」と言っていたのはどの口だよ、と突っ込みたくなる勢いで、詩音はスプーンを口にはこんでいる。
それなりの量があった筈なのに、皿はあっという間に空になった。痛み止めが効いてきたのかヨーグルトまで食べて、彼女は非常に満足気な様子である。


「えへー、美味しかった」
「そりゃよろしゅうございました。もう痛くねーのか?」
「うん。銀時の愛のこもったオムライスのおかげで元気」
「愛とかいれたっけなァ、それケチャップの間違いじゃね?」
「ふっふっふ、銀時くん、私の舌が間違うとでも?」
「何キャラだよ」


兎にも角にも、不機嫌が直ってくれてよかったと思う。そういうふうにできているものだとしても、彼女がじっと苦痛に耐えている姿は見たくない。エゴかもしれないけれど。
銀時、と彼女が俺の名前を呼んだ。最後のひとくちをのみこんで顔を上げると、彼女はとろけたようにふにゃりと笑った。


「わたし、銀時の彼女でよかった」


嗚呼、彼女はその言葉と笑顔の破壊力を知っているのだろうか。もし知っているのだとしたら、俺は見事その策に嵌ったことになる。オムライス作ってくれるからだろう、って簡単な軽口さえも出てこない。もう無理です。銀時選手、完璧ノックアウト。悔しいけれど、KO負け。そんな変な台詞が、あたまの中をぐるぐるぐるぐる回っている。


「・・・あっそ」


頬が珍しくあつい。というか、耳があつい。ふいとそっぽを向くと、まっか、と笑われた。なんだか、嬉しいけれど、くやしくて、あたたかな、変な気分。とうとうおかしくなってしまったのかもしれない。


「今日は、銀時のすきなもの夜ご飯につくるからね」
「マジでか」
「うん、だから、お皿洗いまでよろしくね」


上手く丸めこまれている気がしなくもないけれど、それでいいことにしよう。最終的に主導権は俺にある。きっと。
だってほら、今だって、


「なー、詩音、」
「なにー?」
「オムライスのお礼にちゅーして」
「私のちゅーがオムライス程度と等価だと思ってるの?」


・・・冷ややかな目で睨まれた。やだこの子こわい。でも銀さんだってめげないもん!・・・めげないもん!
じいっとみつめていると、じわりと詩音の頬があかくなる。視線をずらされて「・・・いいよ、」と許可が出たところで、そのやわらかな唇を啄ばんだ。なんだかんだ言って、彼女はキスがすきだ。


ほんとうのところ、主導権が俺にあろうが彼女にあろうが、そんなことは大した問題ではない、と思う(そりゃあ俺にあったら嬉しいけれど!)。できるだけ喧嘩のないように、ふたりで、ケチャップに似ている愛とやらを贈って貰って共有して、ゆっくり生きていけたなら。
きっとそれがしあわせというものなのだ。


愛≒ケチャップ?

(それも有り)










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