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「あのね、」
「はい、どうしたんですか、詩音」
「わたし、しばらくアレンから距離を置こうと思うの」



朝。
徹夜続きの科学班やらお喋りに花を咲かせるファインダー、任務明けのエクソシストやらで賑わう食堂は、詩音の一言によってきっちり静まり返った。視線が一点に集まる。
視線の先、詩音は、年にしては少し幼い顔立ちをしている(このことは彼女に絶対に言ってはいけない。以前口を滑らせた奴が半殺しの目に遭ったという噂だ)。エクソシストとしては申し分ないのだが、どこか抜けていて、言い間違いや聞き間違い、爆弾発言はしょっちゅう。そして、似非紳士、アレン・ウォーカーの彼女である。
仲の良い二人に、何があったのか。好奇心溢れる視線に、隣に座っていた俺ーーーつまり、イケメン良い男のラビさんは、若干居心地の悪さを感じていた。
この発言に一番動揺したのは、他でもないアレンだった、ようだ(イケメンラビの推測からすると!)。詩音を溺愛している彼は、顔色が悪くなり、目にうっすらと涙の膜を張り、狼狽えているのが丸分かりである。


「えっ、なんでですか、僕何か悪いことしましたか?言ってください、詩音が嫌がるなら僕、どんなところでも直しますから!どこが悪いんですか、僕のこと嫌いになったんですか?昨日のお昼、一緒に絵本を読んだじゃないですか!あの時、詩音、すごく楽しそうだったのに・・・」
「アレンは、悪くないんだよ。アレンのことを嫌いになったりなんて、絶対しない」
「だったら、なんで・・・!」


駄々をこねるように首を振るアレンに対し、詩音はしずかな瞳でそんな彼を見つめている。決心は固いらしい。


「リナリー、何があったか知ってるさ?」
「わからないわ・・・昨日まで普通だったもの」


「わたし、」


彼女の言葉の続きに、皆が耳を欹てている。こくり、唾を飲み込む音が聞こえた。


「きちんと、自立したいの。髪を結ぶのも服を選ぶのもお皿に料理を取り分けてもらうのも、全部、アレンに頼らないでできるようになりたくて、」


逆に、全部やってもらっていたことに衝撃が走る。俺の目の前に座っていたリナリーは知っていたらしく、「詩音も大人になったのね」とにこにこしていた。いや、そういう問題じゃないだろう。
さて、この可愛らしい彼女の決意に彼は何と返すのか。食堂中の視線は、依然二人から離れない。ただどこかの誰かさんが静かに蕎麦を啜る音が響く。


「・・・変なものでも食べたんですか?それか、また変な本でも読んだんでしょう」
「変な本じゃないもん!有名な、恋愛心理研究家の本だもん!」
「また何でそんな本・・・」


まず、恋愛心理研究家という存在に食堂中に衝撃が走った。何でも、昨年何百万部売れたとか言うベストセラーらしい(まあ、このモテモテラビくんには必要ないけどね!)。メモをする音があちこちから聞こえる。何だ、皆そんなに落としたい相手がいるのか。今度暇な時に冷やかしに行ってやろう。
小さく溜息を吐いたアレンに、もう焦りや戸惑いの色はない。もう大丈夫なのだろうと判断して、ラビは朝食のトーストに手をつけた。ただの惚気なら聞き飽きているのだから、こうして神経を集中させて聞くことではない。


「何て、書いてあったんですか?」
「わ、わたしみたいに、頼りっきりの女の子は振られるって・・・」


優しい口調で尋ねるアレンに対し、詩音は俯き声は震え、泣き出す寸前なのが丸分かりである。ばかだなあ、そんな一言とともに、アレンは詩音の目元を拭った。ほら、皆、気づけ。これ以上真面目に聞いていたら、自分がかなしくなるだけだ。


「僕が詩音のことを振ったり、嫌いになったりするわけがないでしょう。毎日、君が愛しすぎて困るくらいなんですよ」
「ア、アレン・・・」
「大体、僕は君の身の回りのことをやりたいからやっているんです。だからそんな寂しいこと言わないでください、ね?」
「僕はどこにも行きませんから。ずっと、詩音の側にいます」


それが、限界だったらしい。
涙がぶわっと膨れ上がり、まるい雫となって詩音の頬を滑り落ちていく。しゃくりあげるその姿は、やはりこどもだった。


「ほら、泣かないで。ご飯食べましょう」
「・・・う、ん、」


ぐずぐずいわせて、やっと詩音の涙が止まる。これで平和に朝食を食べられる、と安堵したとき、事件は起こった。
向かい側に身を乗り出し、顔を近づける。ストップのスの字を言い出そうとした時には、もう手遅れで。
アレンの唇が、やわらかな彼女のそれに、綺麗に重なった。食堂に沈黙がおちる。
「すきですよ、詩音。世界中の誰より」
「わっ、わたしも・・・!」
「ふふ、嬉しいです」


強固な二人だけの世界に入れる者は、誰もいない。今あの言葉を叫べたならどんなにすっきりするだろうかと、虚ろな目で思いながらラビは食器を片付けにかかった。



リア充爆発しろ!


(嗚呼神様、どうかこの状況を何とかしてください!)




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