絹糸の降る夏



今日、自分の幼馴染み兼恋人兼総督は、頗る機嫌がいいらしい。
この季節には珍しく、最近嫌という程じりじりと照っていた太陽がその身を隠しているからだろうか。
正に恵みの雨と呼ぶに相応しい細い糸のような雨が、船の姿をぼんやりと霞ませていた。
そしてその船中を軽やかに歩くは、詩音。
この船の主・高杉晋助の幼馴染み兼恋人兼、部下。



「晋助様ァ〜!」



「何だ、詩音」



あれ。あれあれ。
おかしいな、何でわかったんだろう。
声真似は完璧、武市さんも万斉も、当の本人のまた子さえびくりと振り向いたのに。
此方に背を向けているにもかかわらず、高杉はぴたりと声の主は詩音だと言い当てた。



「なんでわかったの?」



「来島はテメェみたく足音消して歩かねェよ」



「ははあ、成る程。さすがだね」



さすがに足音までは真似できないなあ、と詩音は笑う。
そこでようやく高杉はその顔を此方へ向けた。



「雨が降ってちゃつまらねェか」



いつもの通り無表情、しかしその瞳には微かに面白がるような色が浮かんでいる。
そういう訳ではないと否定しようとしたのに、いい言葉が出てこない。



「テメェがそういうくだらねェ餓鬼みてーな遊び思いつくのは大概雨の日だ」



「・・・ふうん?」



窓枠にもたれて座るその人にすすすと近寄る。
足音を立てずに歩く癖は、まだ世界に楯突く術を持たなかったこどもの頃に染み付いたもの。
世界に怯えることはなくなった筈なのに未だに体から剥がれ落ちない、自分の弱さの象徴。



「今日はやけに機嫌が良いんだね、晋助」



「質問に答えろや。俺ァ雨が降ってちゃつまらねェかって訊いたんだよ」



話題をすりかえることも叶わず舌打ちをすると、高杉の口角がゆるりと上がった。目が細められる。

ああ、もう。こいつは私がこの表情に弱いことを知っているのだろうか。



「・・・・・・少し、ね」


「明日は晴れるらしいぜ、爆弾魔」



「その言葉嫌い」



眉間に皺を寄せると、高杉は一層その笑みを深くした。
くっそうこいつもの凄く性格歪んでやがる。今更言うのもあれだけど。



どがんとかずーんとかいう爆発音や眩しい光、破壊されるものがすきだ。
まあつまり、何かを壊すというのがすきなのかもしれない。



「テメェも大概狂ってるよなァ」



「晋助ほどではないけどね」



「クク、違ェねェ」



雨が嫌いな理由はもうひとつ。
むこう側から、きっと私たちが見えなくなるから。
今日晴れてくれれば、少し寂しいけれど一年中雨でもいいのに。



ねえ、先生。
そっち側から、私とこいつが見えますか?



「晋助」



「あ?」



「誕生日おめでとう」



「ブツは」



「あとで。もう、少しくらい言葉をかみしめてよ」



「どうせ今年も馬鹿みてェに言うんだろうが。きりねェよ」



「誕生日おめでとう」は、いっぱい言うことにしている。
直接言うことのできないあの銀髪や、長髪や、黒いもじゃもじゃの分まで私が言ってあげるのだ。
それから、・・・先生の分まで。
本当は直接言ってほしいのだろうけど、生憎私は死者を蘇らせる術も晋助を殺す術も持ち合わせてはいない。



「また子たちが何か色々準備してたよ」



「五月蝿ェのが来るな」



「嫌いじゃないくせに」



「うぜえ」



丁度近くにあった高杉の手を、きゅう、と握ってみる。ぴくりと僅かに動いたそれは、自分のものではないあたたかさを拒否することはしない。それをいいことに、すこしだけ力を強めた。雨が降っているとはいえ暑い、掌に汗が滲む。



「ふふ」



「何してんだテメェ」



「ねえ、このまま船の中散歩しようよ」



「は?」



「子供の頃みたいに、さ」



「・・・・・・・・・」



何も言わず、高杉はのそりと立ち上がる。
その手はまだ、繋がれたまま。



「晋助」



「あ?」



「誕生日おめでとう」



ねえ、晋助。
幼馴染みのくせに、貴方の考えることなんてこれっぽっちもわからない私だけど。
それでも、最後の一人になっても、貴方の側にいることを今日ここで約束するから。
だから、先生を生き返らせることも、貴方を殺すこともできない馬鹿な私を許してね。



「・・・出るぞ」



「雨だけど」



「馬鹿か、姿が紛れて行動しやすいだろうが」



「どこ行くの」



「餓鬼みてェに質問ばっかしてねえでついて来い」



ぐい、と手を引かれ、外へ出る為に船中を歩く。
今だけは、雨でいいと思った。
このあかい頬を先生が見たら、きっと笑うだろうから。



「晋助、誕生日おめでとう」



繋がれたひと


(そのやさしい鎖を断ち切る術を知らないから、)

(せめてそのひとの隣で笑って愛そうと思います)



*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ーー*
あれ?こんなにシリアスにするつもりはなかったのだけど 笑
もっと馬鹿っぽい話にするつもりだったのだけど 笑
さんざん遅れてごめんなさい、歩く18禁晋助様がだいすきです!←
これからも色気だだ漏れで!お願いします!
Happybirthday!(無理矢理)





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