青い玻璃



宴も酣、とはこのことを言うのだろうと沖田はぼんやりする頭でらしくないことを考えた。
向こうでは近藤が裸で何やらやっているし(まあこれは序盤とあまり大差ない)、土方も飲んで山崎と絡んでいる。後の隊士も、それぞれ楽しんでいる様だ。
誰もこちらを気に留めないことを確認して、沖田はそうっと広間を抜けた。
夜とはいえ、風はまだまだ熱気を孕んでいる。



(・・・あ、梯子)



誰かが登ったのだろうか、屋根に立て掛けられた梯子に手をかける。
よっこらせと登りきると、上は下よりも幾分風が心地良かった。
高いものを見つけたら登りたくなるという動物染みた衝動に大人しく従ったのは、間違いではなかったらしい。
階下からは微かに幸せな声や音が聞こえる。
僅かに頬が緩み、ごろりと寝転がった。



高いところは、餓鬼の頃からすきだった。
一人を意識しなくていいから。
空とひとつになったような感じになるから。
今日は快晴。この眠らない江戸でも、存外星は良く見える。



「なーにしてんの、今日の主役」



「っ、びっくりするだろィ、気配消して来んじゃねーや」



「へへ」



隣に何も言わず腰を下ろした、一番隊副隊長栗屋詩音。
沖田の幼馴染みでもある彼女は、ペットボトルのミネラルウォーターで口を潤している(ちなみに1Lのやつじゃない、2Lだ)。



「ちょうだい」



「ん?はい」



冷蔵庫から盗ってきたのだろう、きんと冷たい。
お陰で意識が冴える。



「どうして出てきたんでィ、みんなと飲んどきゃよかったのに」



「トシが女の目にゃあ優しくねェから出とけって」



「ハッ、紳士ぶって今更、何言ってんでィ」



「ねえ?お風呂も一緒に入った仲なのに」



「それもそれでずれてまさァ」



「ん?そう?」



けたけたと笑う詩音。
総悟はどうして出てきたのと、今にも尋ねられそうで内心すこし恐怖した。



「総悟はどうして出てきたの」



ほうら、やっぱり。



「別に、何でもありやせん。ちょっとばかり風に当たりたくなっただけでさァ」



「・・・うそつき」



先程までの笑みは嘘のように消え、詩音は唇を噛んだ。
どうしてうそつきと思うんでィ、と尋ねてみる。
指が、僅かに震えていた。



「広間出るとき、総悟誰にも見つからないようにそうっと出てった。それに、」


ずっと、泣きそうな顔してる。



心臓のまんなかを、貫かれた。
勿論それは錯覚だが、彼女のまっすぐでいてやさしい言葉は、視線は、確かに沖田の心臓を貫いたのだ。
こいつは、まっすぐがどんなにこわいものか知らない。どんなに人を傷つけるか、どんなに人を救うのか、

どんなに人が頑張って作って被ったお道化を、ずたずたに裂くか。



「・・・っ、気のせいでさァ、頭おかしくなったんじゃねーの。何で俺の誕生日に俺が泣かなきゃいけないんでィ」



「・・・・・・わかんない、けど」



「わかんないけど、総悟がなんで泣きそうなのかわかんないけど、この頃ずっと苦しそうだよ。夜もそんなに寝れてないんでしょう」



「そんなことありやせん。昨日だってたっぷり10時間くらい、」



「総悟が苦しそうだと、私も苦しいよ。総悟が泣きそうだと、私も泣きたくなる」



逸らしていた視線を向けると、成程確かに詩音は今にも泣き出しそうな表情をしていた。
いつもより水分量の多いふたつの瞳が、こちらを見つめる。それに、射抜くような鋭さはなかった。迷って、戸惑って、それでも信じて手を伸ばす、餓鬼のような目だと思った。



「・・・俺ァ、俺ァどうしようも無いくらいすきなんでさァ、・・・人、殺すの」



ぽつりと零した言葉の異常さに、戦慄する。
自分は狂っている。
人を殺すのがすきだなんて、そんなの、そんなの、

まるで、化け物じゃないか。



「この間、初めての討ち入りだったろィ。俺、一番隊たいちょーだから、ほんとに一番前で、一番最初にぶった斬って」



「うん」



「そん時、討ち入りの時、すげえ、生きてるって感じして。相手が血吹いて死ぬのとか見てたら、なんか知んねェけど、笑えてきて」



「うん」



「終わって、帰る時、つまんねェなって思った。これで終わりかよって、こんなもんかよ、って」



「うん」



「そんで、帰る時、だァれも俺と目ェ合わせてくんねーの。避けられてるみてェで。・・・で、ああ俺オカシイんだって。狂ってんだなァって、思った」



「・・・うん」



「自分でも異常って思うんでさァ。すきで人斬る奴なんかいねェって。無事に帰って来られて嬉しいのに、近藤さんとか涙流して喜んでくれんのに、どっかで、早く戦場に戻りてェって思ってんでさァ」



「・・・うん」



「なァ、詩音、ひとじゃねェ俺って、やっぱ化け物なんですかねィ。俺、・・・自分のことこわくて堪んねーんでさァ」



途端、あたたかな温度が沖田を包んだ。
頭上からずびっ、と鼻をすする汚い音が聞こえる。
もうちょっと女らしく泣けないんですかィ、という嫌味が口をつくことはなかった。
情けなく震えて、それどころじゃあない。



「姉上も近藤さんも、俺が化け物だってわかってたんでさァ。だから、当然ですよねィ、化け物がみんなに嫌われんのなんて。化け物がひとりぼっちなのなんて、」



「総悟」



優しい優しいその声にさえ、びくりと震える肩が憎い。



「総悟は総悟だよ。化け物なんかじゃないよ。化け物は、こわくて震えて泣いたりしないんだよ」



「・・・五月蝿ェや」



「私は、ドSな総悟・・・はたまに嫌になるけど、ドSな総悟も、優しい総悟も、弱い総悟も強い総悟も、総悟が総悟でいる限りだいすきだよ」



「・・・いみ、わかんねェ」



「わかんなくていいよ。少なくとも総悟のことだいすきな馬鹿が一人いるってことだけ知っててくれれば、それでいいよ」



「・・・・・・詩音のくせに生意気言ってんじゃねーや、馬鹿」



髪を、細い指がするりと通り抜ける。
この細っこい体で一番隊副隊長を務めているのだと、改めて感動した。言ってやらないけど。
強くなりたい、と思う。
自分に恐怖しないくらい、尊敬するだいすきなあの人を守り抜けるくらい、あわよくば、この細っこい体を支えて抱きしめて、俺が守ってやると言えるくらい。



そうなれる日はきっとまだまだ遠いけれど、きっと今日はその出発の日だと思った。



「あ、そうだ」



「何でィ」



「誕生日おめでとう、総悟」



「へいへい」



僕がもう一度生まれた日


(揺るぎない強さは、きっと彼女の優しさに似ている)


*************
遅くなって、しかも暗めですみません・・・!
脆くて強くなりたいって願う、少し幼い沖田が書きたかった・・・!が、撃沈。ずーん
お察しの通り、江戸に出てきてまだ少ししかたってないぐらいのおはなしです。初討ち入りの一週間後ぐらいがいいなあ。

こんなんですが、沖田ほんとうにだいすき!Happybirthday!





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