融点



発端は、銀時の朝帰りだった。
別に珍しい訳じゃあない、どっかのホームレスと飲んだくれるとか、犬猿の仲の筈のチンピラ警察と飲んだくれるとか、そういったことで朝帰りというのはよく・・・ではないが、しばしばあった。
しかし、今回はわけが違う。
吉原だ。



「うぇっぷ、やべ、吐く・・・!」



「吐く程飲んで来ないでよ、もう」



「だってよォ、きれーな姉ちゃんに囲まれてタダ酒飲めるんだぜ?もう行くっきゃねーだろ」



「・・・どこ行ってきたの?」



「あ?言ってなかったっけ、よし、わら・・・」



銀時の顔がみるみる青ざめていく。
それは勿論、二日酔いのせいなどではなくて。
詩音が今までにない程怒っているということに、今更のように気がついたらしい。



「最低。悪びれもせずに二日酔いで帰ってきて」



「い、いいいやアレだよ、ちょっと月詠に用があって、そしたら捕まっちゃってさァ、」



「・・・へえ?だから昨日おかしいぐらいハイテンションで出て行ったんだ?」



「あー、違、違うんだよ詩音!仕方なくだって、ほんと!」



「馬鹿みたい。せめて言い訳はそのだらしない顔と首の紅隠してから言ったらどう?」



言われて初めて気づいたらしい、首筋のキスマーク。酒臭さもその紅も全て、嫌になった。



「・・・もういい。疲れた、銀時のお世話係なんて」



「は?んだよ、そんなに言う必要ねーだろ」



「じゃあ何だっていうの!」



苛々して、涙がぼたりと零れた。
ぎょっとしたその表情に、更に苛立ちが募る。



「洗濯物も掃除もご飯も全部全部して、昨日は久しぶりに二人でゆっくりできるかなって思ったら飲みに行くとか言い出して、嫌だったけど友達付き合いとかあるんだろうから我慢、して、ご飯ももし夜中帰ってきてから食べるかもしれない、と思って、ずっと待って、た、のに」



あらん限りの力をこめて睨めつける。
蛇に睨まれた蛙の如く動けなくなっている銀時を置いて、乱暴に靴を履き戸を閉めた。
少しは清々するかと思ったのに、逆に行き場のない苛立ちは膨れ上がっていくばかりで。
話を聞いてくれそうな人物が一人思い浮かび、詩音はどうしようもない気持ちを吐き出すために歩き出した。














「ねえ!有り得ないでしょ!あの碌でなし!」



「前からだろ」



土方はほとほと困り果てていた。
部屋に女を上げているこの状況は、あまり好ましくない。沖田なんぞに見つかれば当分の弱みになることは確実だ。
しかし、無下に追い返すこともできなかった。
女の泣き顔は嫌いだ。それが好いている女のものなら尚更。



「そ、うだけどさ・・・!吉原って何!キスマークまでつけてきちゃって、私じゃ物足りないっていうの!?」



「・・・取り敢えず落ち着け、ほら」



とんとんと背中を一定のリズムで叩いてやると、詩音は少し平静を取り戻してきたらしい。
蚊の鳴く様な声でごめん、と呟かれ、返答にこまり苦笑する。



「土方さんだって忙しいのに・・・私、頼ってばっかり」



無知というのはこわいもんだな、と思う。
その泣き顔が、弱々しい声が、どんな感情を抱かせるか知らずに。
もう来ないで欲しい、と思うのに、彼女の逃げ場が自分であることが嬉しい。
手に入れることを諦めて祝福を選んだのは自分であるのに、奪ってしまいたいという思いがむくむくと頭をもたげる。



「・・・なんで私、土方さんじゃなくて銀時のことすきなんだろう」



鼻をぐずぐずさせながら詩音が呟いたことばに、土方の手がとまる。
だがそれは一瞬で、すぐに詩音の頭をぐしゃりと撫でた。



「馬鹿言ってんじゃねーよ。ほら、あいつに会って滅茶苦茶謝らせてからちゃんと許してやれ」



「・・・すきなんだろ、あいつが」



「・・・・・・うん」



涙の跡が残る顔でふわりと見せた笑みは、とても幸せそうで。
ちくりと胸の奥に刺さった。



ああ、こんな笑い方をさせるのが自分であったなら。



「すんませーん、詩音ちゃんいますかァ。引き取りに来たんですけどォ」



間の抜けた声に、詩音の肩が僅かに強ばり、眉がしかめられる。
障子が開けっ放しだったものだったから、屯所の庭にずかずか入って来た銀時には中の様子ーつまり、土方が詩音を慰めている様子ーが丸見えだった筈だ。
ざまあみろと、僅かに口角が上がる。沖田あたりが見れば、うわあ土方さんが悪人の面してるとにやついただろう。



「来たぜ、ほら。行って来い」



最後に詩音の髪を優しく撫で、絹糸のような肌触りのそれに唇をそっと近づける。
ぎりぎりのところでとめたが、庭からは口づけたように見えただろう。



(俺がテメーの幸福まで願ってると思ったかよ、馬鹿)



残念ながら、そこまでできた人間ではないのだ。
彼女の幸せは願っているが、銀髪の方はむしろぎたぎたに傷つけばいいと思っている。
俺がそうであったように。


詩音はのろのろと立ち上がり、銀時を睨めつけた。
それに申し訳なさそうに眉を下げる。



「・・・ごめん。黙って吉原行ったのも、ずっと我慢させてたのも、気づいてやれなかったのも、全部」



「これから、ちゃんと毎日飯は家で食う。飲みん行くのも控えるし、早目に切り上げて帰ってくる。・・・だから、」



もっかい、俺んとこ戻ってきて。



「・・・次は許さない、から」



その言葉を合図に、銀時は詩音の背中に腕を回し、二人の距離が0になる。
そういうことは他所でやってくれと、うんざりして障子を閉めようとした、その時。



「・・・・・・!」



銀時が、勝ち誇った様な笑みを寄越した。
親指は詩音にばれないように下を指し、あっかんべ、と舌を出す。



(・・・やってくれんじゃねーか)



湧いてきた邪な衝動を捩じ伏せて煙草に火をつけ、紫煙を吐き出す頃には二人は手を繋いで屯所を抜けた後だった。
からっぽの庭を数秒見つめ、勢いよく障子を閉める。
煙草の煙が籠るからやめてくれといつも非難めいた口調で山崎に言われるが、今日ばかりはしるかと思った。














「詩音さァ」



「ん?」



「なんでこういう時いっつも多串君のところ行くの?」



夕焼けが町をじわりじわりと侵食していく。
そういえばなんでだろう、と詩音は首を傾げた。



「なんでだろうねえ。わかんない」



「・・・やめろよ、あいつと二人で会うの」



「?」



「なんか、苛つく」



きょとんとした表情で銀時を見ていた詩音が、急にけたけたと笑い出す。
笑いごとじゃない、と少しむくれて、指を絡めた。



「嫉妬?」



「・・・うるせー」



道の真ん中で口を塞いで、とろとろに溶かしてやる。
このまま二人溶け合ってしまえればいいのにと思って、その馬鹿げた考えにすこし笑った。



融点は何度ですか


(熱く溶けて混ざり合って、誰も触れることが許されない程)


***********
ぐりこ様リクエストで銀時嫉妬夢、だったのです、が・・・。
ぐりこ様すみませんんん!もう殴ってくれていいです切腹しますこんな糞管理人でごめんなさい!(超土下座)
嫉妬、って難しいんですね・・・!坂田はあれです、積極的な遊女につけられただけで何もしてません。そして個人的に土方vs坂田が楽しかったですすみません黙ります。
遅くなった上にこれって・・・これって・・・。
いつかリベンジさせてください!
ぐりこ様、素敵なリクエストありがとうございました。





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