化かされた話



べんべん、三味線の音が真夏の淀んだ空気を揺らす。
僅かな月明かりだけが照らすこの部屋で、万斉は気の赴くままにそれを鳴らしていた。



「お上手なんですね」



やわらかな空気の振動に、万斉は弾くのをやめる。
振り返ると、一人の女が静かに笑っていた。



「いや、作曲のために多少たしなむ程度でござる」



「謙遜なんていりません。素人の私が聴いてもわかるもの」



月の光の当たらない暗闇で静かに微笑むその人ー詩音は、高杉のお気に入りである。
暫く前からこの部屋の持ち主になった。
・・・否、正しくは閉じこめられているに近い。
陽の光が似合う彼女は、外に、艦内すらも出ることが許されていない。



「もっと、聴かせてくださいな。ここは退屈だから」



「・・・それなら、少し」



三味線を操る万斉の手を、詩音の黒真珠の様な瞳がじいっと見つめる。
その視線の擽ったさに、万斉はふいと目を逸らした。
心臓に悪い。
自分の曲調を誰かに変えられるというのには、いつまでたっても慣れない。



「・・・凄い。やっぱりお上手なのね」



一曲弾き終わると、ぱちぱちと拍手をしながら詩音は笑った。
その表情の奥を、覗いてみたいと思う。
いつも笑顔を絶やさないその裏には、どんな感情が蠢いているのか。
知りたい、暴きたい、その感情ごとまるめて愛してしまいたい。
その衝動は残酷だ。



「詩音殿」



「はい」



「今日晋助がどこに行っているか、知っているでござるか」



「・・・?」



「気に入りの遊女のところでござる」



べろりと笑顔が剥がれて醜い表情が現れることを期待していた、のに。
詩音はふわりと笑った。



「ええ、知っています。今朝晋助様に今日はどこに行かれるのか訊いたら、至極楽しそうに『遊郭』と言われましたから」



その表情が目に浮かぶ。
目を細めて片頬をつり上げ、にやりと笑うのだ。
大方、相手の反応を楽しんでいるのだろう。
むくりと、醜い感情が万斉の中で頭をもたげた。



「晋助様、こうしてお出かけになられた後は私のところに必ずいらっしゃるんです。女物の香水の匂いに泣きそうな顔をしたら、とても嬉しそうに接吻をしてくださるの」



頼んでもいないのに、彼女はふわりと笑いながら言葉を紡ぐ。
その内容が自分の仲間(と呼ぶものであるのかは甚だ謎であるが、便宜上こう呼んでおくことにする)のことばかりであることに、苛出ちを覚えた。



その口を塞いでしまいたい。
その瞳が、その耳が、その声が、その笑顔が、
ああ、あわよくば、



彼女のいのちを、閉じこめて自分のものに。
独占欲は留まることを知らない。



「嗚呼、早く帰ってきてくださらないかしら。万斉様、ご存知?晋助様は普段誰のものでもないけれど、この部屋に入ってから出ていくまでは、あの方の目も耳も鼻も口も言葉も表情も息遣いも手も足も腰も髪も細胞のひとつひとつも全部全部全部、」



「私のものになるんです」



吐息とともに、恍惚とした表情で詩音は狂気を告白した。
愛情と狂気は紙一重なのだと、改めて思い知る。



それならば、彼女の中の感情と自分が抱くものは同じ。
その事実に、細胞がぞわりと歓喜する。



さあ、この馬鹿げた感情に、くだらないお遊びに、





とっておきの、終焉を。



「詩音殿、それは間違いでござる」



「間違い・・・?」



「詩音殿が晋助のものであっても、晋助は詩音のものではない」



しゃらりと刀を抜く。
満月に、銀色の刀身が良く映えた。



「丁度、拙者が詩音殿のものであっても、詩音は拙者のものでないのと同じように」



ずぷりと、愛刀が詩音を貫いた。
身体のまんなかから、じわりじわりと赫が広がっていく。



「晋助が戻るまでお主の意識があったらお主の勝ち、無ければ拙者の勝ちでござる」



あと僅かで死にゆく者に、興味など無い。
べったりと血が付いた刀の手入れでもしようと、万斉は部屋を出て、襖を閉めた。
その、瞬間。



「あー、やら、れちゃった、なあ・・・も、少しだった、の、に」



「さいご、に会、いたかっ、た・・・さ、よな、ら、」



「ふく、ちょう」



聞こえてきた、聞こえる筈の無い言葉に目を見開く。
耳を澄ましてもリズムは無く、静寂が広がるばかり。こみ上げてくる笑いを抑えながらいつもの番号をコールした。



「晋助、女はきちんと始末したでござる。・・・笑っている?拙者が?いや、道化が楽しかったわけではないでござる。・・・時に晋助、騙されていたのは、」



「拙者と主の方かもしれぬ。あの女、相当の道化でござるよ」



化かされた道化師


(敗北の苦汁を嘗めたのは、誰)



***********
ぐりこ様リクエストで万斉嫉妬夢、ということだったのですが・・・
な ん か 色々 間違えた/(^q^)\
もうぐりこ様ほんとすみません・・・!なんじゃこの話!て感じですよね散々遅れた上に・・・!もう七瀬、切腹します!(ぐはっ)
この話は私が色々解説すると余計わけわかんなくなりそうなので、(え)皆様の想像にお任せします。←あまりにわけわからんよ!て方はご連絡ください。笑

ぐりこ様、素敵なリクエストありがとうございました!





[ 12/20 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -