遠心力をねじ曲げて



暑い。
土方はクーラーの効いた自室から出た途端襲ってきた熱気に、思わず顔をしかめた。
こんな暑い日も、その暑さを無駄に増長させる隊服を着て仕事。
やってられねえと心の中でぼやきながら土方が廊下の角を曲がった、その時。



「伊東さァん」



「全く君は・・・自分が一体何をこの僕に頼んでいるのか理解しているのか」



「あったり前のコンコンチキです!」



「取り敢えずその煩い口を閉じたまえ」



廊下の先から聞こえてきた一番聞きたい声と一番聞きたくない声の組み合わせに、土方は眉間の皺を一層深くした。
この組み合わせは最悪だ、別の道を通ろうかと思案していた土方の耳に、彼女の声が飛び込んでくる。



「おーねーがーい!協力してください!伊東さん!伊東参謀!鴨ちゃん!」



「かっ・・・鴨ちゃん?」



「え、ご不満ですか?鴨ちゃんって呼び方、可愛くて私結構気に入ってるんですけど」



「そ、そのような呼び名は僕は好きではない」



「・・・伊東さん、にやけてますよ」




楽しそうな詩音の笑い声。
久しぶりに聞いた気がすると記憶を辿れば、彼女とまともに会ったのは昨日の夜が最後。
まだ24時間も経っていないのに、俺も腑抜けたもんだと苦笑してもと来た道を引き返す。
否、引き返そうとした。



「お願い!です!鴨ちゃん!トシには内緒で!」



(・・・は?)



思わぬところで出てきた自分の名前に、土方はその形の良い眉をひそめる。
これは一体どういうことだ、と息を潜めてその後の言葉を待った。



「だから、何度も言っているようだがそれは他に頼めばいいだろう。沖田君や・・・山崎だっているじゃないか」



おい、今山崎の名前一瞬思い出せなかっただろお前。



「駄目です!トシにばれる危険性が低くなるように、できるだけトシが関わろうとしない人に頼まなくちゃいけないんですから」



「全く、徹底しているな」



隠し事。
俺に知られてほしくない、知られてはいけない類の。



浮気。
ふと、その二文字が頭の中をよぎった。



(まさか・・・な)



落ち着こうとするが、冷や汗が止まらない。
そんな素振りがなかっただろうかと必死で脳内を引っ掻き回しても、浮かんでくるのは書類の山とその合間の詩音の笑顔だけ。
そういえば最近は忙しくて詩音に構ってやる暇がなかったことに気づき、愕然とする。
離れていってしまっても、無理はない。



(・・・取り敢えず、仕事するか)



混乱する脳内をどうにか宥め、土方はふらりとその場を後にした。














「トシ、入るよ?」



「・・・おお」



とっぷりと日が沈み、数時間は経った頃。
いつものように普通の顔をして部屋に入ってきた詩音に、土方は内心激しく動揺していた。
どう接すればいいのかわからない。
取り敢えず書類を続けようと視線を下に落としても、頭に入ってこない、意味の無い文字の羅列。
これじゃあ俺が疚しいことがあるみたいじゃねェかと、煙草を灰皿に押し付けた。



(くそ、)



どうやら自分は隠し事や秘密を抱えるのが苦手な性分らしい。
詩音の前だと尚更。
それならばいっそ詩音の口から真実を聞いた方がいくらかましだと、土方は口を開いた。



「詩音、」



「ん?」



「俺に、なんか隠し事してんだろ」



ぎくり、と言って動きを停止する詩音。
自分で効果音つける馬鹿がいるか、と死刑を宣告される囚人のような気持ちなのに、少しだけ笑えた。



「しかも、伊東絡み」



「うぅえ!?なん、なんで・・・」



「話せよ」



「・・・怒らない?」



「怒らねェから」













「・・・トシと、旅行に行こうと思って・・・・・・」



「・・・・・・は?」



ひどく間の抜けた顔をしていたのだろう、詩音が瞬間的に吹き出した。
笑うなよ、と言っても、ごめんごめんと笑顔が返ってくるだけで。
ということは、つまり。
土方の勝手な勘違いだったという訳だ。
体から力が抜ける。



「・・・で、なんでんなことこそこそ隠してんだよ」



「だってトシ、怒るから。隊務ほったらかしてんなことできるか、って言うから」



「当たり前だろ」



「・・・トシ、この頃ずっと無理してるように見えたから、少しでも疲れが取りたらって思った、のに」



驚きが走る。
詩音は土方の表情の変化に気づかず、僅かに下を向いて唇を噛んだ。
やばい。
これは、泣く。
土方は咄嗟に詩音を抱きしめた。



「ト、シ」



「きつい言い方して、悪かった」



「・・・んーん」



「でも、」



「・・・・・・あんま他の男と、親しくすんな」



ぎう、と少しだけ力を強めると、やきもち?と下から声が聞こえてきた。
・・・可愛くねー女。



「悪いか」



「え?」



「俺が嫉妬しちゃ、悪いかよ」



漂う沈黙。
遠くで蝉が、むあんむあんと鳴いている。



「・・・トシの匂いがする」



「そして俺の言葉は無視なのな」



「えー・・・だって」



照れるよ、と僅かにあかい頬で笑った彼女に、ああ、敵わないと、思った。



遠心力をねじ曲げて


(まっすぐ、君のもとへ)



************
友紀様リクで土方が嫉妬するおはなし、でした。
友紀様、遅くなってほんとに申し訳ないです・・・。
もうどんだけ待たせるんだよって話ですよね!ぶん殴ってもらって構いません!ばこーんと!

このあと、伊東さんは鴨ちゃん呼びににやにやしてればいいと思います。ヒロインは鴨ちゃんに土方さんに睡眠薬飲ませてパトカーで送り迎えしてもらう予定でした(もはや誘拐)。
ほんとはもっと甘くなる予定だったのに、何故・・・!まあ、ヒロインに振り回される土方さんが書けて楽しかったです。

友紀様、素敵なリクエストありがとうございました!





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