星空とブランケット
a.m.1:00。
土方の部屋には、まだ灯りがある。
報告書の山と格闘しているのだ。
(くそ、終わらねェ・・・)
切れそうな煙草を苛立たしげに吸いながら、土方はペンを走らせていた。
ここ数日、ずっとこの調子だ。
あの破壊魔の前でぶっ倒れてやろうか、と考えて、土方はすぐにその考えを打ち消した。
奴なら反省して報告書やるどころか、嬉々として屯所の庭に埋めそうだ。
その様子が思い浮かんで、土方はぶるりと身震いをする。
やる。奴ならやる。
溜め息をついてまたペンを走らせていると、副長、と廊下から控えめに呼ぶ声が聞こえた。
女中などとっくの昔に寝ているだろうこの時間に、副長、と土方を呼ぶ女は一人しかいない。
「入れ」
「失礼します、」
夜ということを気にしているのだろう、監察のように音もなく、副長補佐・詩音は部屋に入ってきた。
その姿は、昼間と同じ隊服のまま。
「どうした?」
「いや、あの・・・」
「や、屋根に登りませんか?」
「・・・・・・・・・・・・は?」
あまりに突拍子な提案に、土方の指からぽとりと煙草が落ちる。
まだ3分の2ほども残っているそれにも気づかず、土方はぽかんと詩音を凝視した。
「あ、あの副長、煙草・・・」
「・・・・・・あっつ!」
「えっ、だっ、大丈夫ですか副長!」
「あっああ、問題無ェ」
少しズボンを焦がしたそれを拾い上げ、土方は真顔で詩音に訊ねる。
「ていうか、お前の頭の方が大丈夫か」
「しっ、失礼過ぎやしませんかそれ!私の頭は至ってまともです!」
「じゃあ何でいきなり屋根に登るとか言い出すんだよ、足滑らせて腕の骨でも折ったらどうすんだ」
「大丈夫です!いいから副長、登りますよ!」
「だから何で・・・」
「登ってからのお楽しみです!」
そう言う詩音がちいさな子供のように無邪気で、土方は不覚にも頬を緩めたのだった。
「副長、足元気をつけてくださいね!」
「そりゃこっちの台詞だ」
「私は夜目がきくんですー」
結局二人は、屯所の屋根に登っていた。
思ったよりも綺麗なことに驚く。
そういえば昨日は雨だったか、と土方はぼんやり考えた。
「ほら副長、こっちです」
詩音は屋根の上にブランケットを敷いて(大方自分の部屋から持って来たのだろう)、土方を手招きする。
目で促され、土方は渋々その上に寝転んだ。
「・・・・・・っ」
「凄いでしょう?」
眼前に広がるのは、満天の星空。
ありったけの星が黒い空にぶちまけられたかのように、てんでばらばらに光っている。
「・・・ああ、綺麗だ」
単純に、そう思った。
呼吸をすることを忘れてしまうほど。
そういえば、星空を眺めること自体久しぶりな気がする。
ふと隣の沈黙が気になってそちらを盗み見ると、・・・頬が、あかい。
「・・・何あかくなって「あかくなってません」
拗ねたような声とともに、詩音はそっぽを向いてしまった。
・・・なんだこいつ、可愛い。
土方のなかで「仕事はできるが少し餓鬼っぽい変な部下」という詩音の立ち位置が、変化する。
「そっち向いてたら星見えねーだろうが」
「・・・いいんです、副長に見てもらいたかったから」
意外な言葉に、土方は目をまるくする。
「副長、最近部屋に籠りっきりで書類ばっかりしてるから・・・もっとみんなのこととか、・・・私のこととか、頼ってください。何の為の副長補佐ですか」
以前にも同じようなことを別の人に言われたのを思い出して、土方は苦笑した。
何も変わっていないのか。
「・・・ああ、そうだな」
素直な返事を予想していなかったのだろうか、詩音がくるりとこちらを振り向いた。
大きな黒真珠のような瞳に、自分がうつる。
「・・・副長、やけに素直ですね」
「悪ィかよ」
「いーえ」
何故か余裕たっぷりにくすくす笑うものだから、少し悪戯をしてみたくなった。
その余裕、どう剥ぎ取ってやろうか。
「詩音、」
「はい?」
正面から、ぎゅっと抱きしめる。
・・・あたたかい。
「なっ、ふ、ふくちょう、なっ、なっ、何して」
「五月蝿ェ、耳元で騒ぐな」
どくんどくんと、心臓のおとが五月蝿い。
全く、誰のだ。
・・・俺のか。
何故こんなに五月蝿いんだと自分に問うてみれば、あっけなく出てきた答え。
(・・・ああ、そうか)
自然と口角が上がる。
今日なんかじゃなくて、本当は、ずっと前から、
「詩音」
「ななな何でしょう」
「すきだ」
何とか抜け出そうと足掻いていた体が、ぴたりとその動きをとめた。
その顔を覗きこむと、やはりあかい。
「・・・ほ、ほんとうですか」
「あァ」
もう一度すきだと耳元で囁いてやると、面白いくらいにあかくなる。
そう言う俺も、顔には出ないが心臓が痛いくらい五月蝿い。
「返事は」
「は、え、」
「誤魔化すつもりじゃねーだろうな」
「い、いやちょっと待ってください!まままだ心の準備が、」
その心の準備って時点で返事がどっちかなんて予想はつくけどな。
こみあげるにやにや笑いを堪えながら、土方は詩音の答えを待った。
「あ、あたしも副長のこと、すき、です」
「・・・上出来だ」
柄にもなくまっかになった顔に気づかれないように、土方はもう一度詩音を強く抱きしめた。
二人の頭上で、たくさんの星がぴかぴか、きらきら光っている。
星空とブランケット
・・・副長、心臓すごいばくばく言ってる
五月蝿ェ、・・・明日の見回り寝坊すんなよ
え?
私明日・・・っていうか今日の見回り沖田隊長とですよ、副長関係な・・・
あ?
すみません何でもないです!
そういえば副長と見回りでしたね、あは、あははははー!
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春様キリリクでした。
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[mokuji]
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