永遠に続く
あれは、或る晴れた日のことだったと記憶している。
松陽先生がふらりと男の子を連れて帰ってきたのは。
縁側で足をぶらぶらさせていた詩音に、松陽先生は一番最初にその男の子を紹介した。
「詩音、坂田銀時くんです。これから一緒に暮らすことになりますから、仲良くしてあげてくださいね」
「・・・ぎん、とき?」
確かめるように名前を呼ぶと、男の子ーー銀時の両目がしっかりと詩音を捉えた。その綺麗な瞳を、すきだと思った。
そのまま銀時はふいと目をそらし、ぼんやりとした表情で松陽先生の後をついていく。
ふわふわの銀髪が見えなくなるまで、詩音はその姿を目で追っていた。
(・・・ぎんとき)
もう一度、口のなかでその名前を転がしてみる。
ぴったりの名前だ、と思った。
「詩音、ヅラがよんでたぜ」
「ヅラじゃない、桂だ!たかすぎはいちいちうるさいぞ!」
「どっちがだよ」
「こたろ、しんすけ」
「詩音、おぬしもあったか?先生といっしょにいた、あの、」
「ああ、ぎんとき」
桂は目をきらきらさせて(高杉は複雑な表情をしている。大方松陽先生にひっついていたのが気に食わないのだろう)、詩音に訊ねてきた。
やはり、新入りに興味があるらしい。
「しんださかなみたいな目してたぜ、あいつ」
「しんすけ、そんなこと言わないの」
「詩音、あいつはぎんときというのか!」
「うん、先生が言ってた」
「まんまだな」
「ぴったりだよね」
「詩音、おれはきめたぞ!おれはぎんときとともに侍になってこの国をかえるのだ!」
「ヅラ、ねごとならねて言えよ」
「ヅラじゃない桂だ!たかすぎ、おまえも一緒だぞ!」
「やだよ、おまえと一緒なんて」
ぎゃあぎゃあと言い争いをはじめた二人を、詩音はぼんやりと眺めていた。
自分の背丈ほどありそうな刀を抱えていたあの姿が、頭から離れない。
来年のこの日は、銀時の誕生日パーティをしてあげよう。
その時までに仲良くなれているといい。
ふと、そう思った。
そして、それからしばらくたったある日。
塾の子供の一人が誕生日だった為、詩音は台所で小さなケーキをつくっていた。
こういう時のケーキ作りは、詩音の役目だ。
詩音もお菓子をつくるのは好きな為、ふんふんと鼻歌をうたいながら生クリームを絞り出す。
「よしっ、かんせい」
小さなケーキが並ぶ。
しかし、材料が余ったので、1個余分につくってしまった。
(どうしようかな、これ)
味見、と言って松陽先生に食べてもらおうか。
そんなことを考えていると、がらりと台所の戸が開いた。
逆光でよく見えないが、銀髪がちらりと動いた気がする。
結局、はじめて会った時以来二人はまともに顔をあわせたことがなかった。
「あ、あの、」
「名前なんていうんだ」
「え?」
すたすたと足音が近づいてくる。
やはり、銀時だ。
「名前・・・?」
「お前の名前」
「あ・・・詩音」
「ふうん」
訊ねたくせに銀時はさして興味の無さそうな相槌をうって、ケーキに視線を移した。
「・・・詩音、」
少しの沈黙の後、銀時の口から紡がれた自分の名前に、心拍数が跳ね上がる。
「な、なに?」
「これ、なに?」
銀時が指差したのは、詩音のつくったケーキ。
「ケーキ、だよ」
「くえんの?」
「うん」
「うまい?」
「・・・たぶん」
もしかして銀時はケーキを知らないのだろうか、と詩音は考えた。
そうだとしても別に不思議なことではない。
決して豊かとは言えないこの時代に、ケーキを見たこともない人などごまんといるだろう。
「・・・・・・」
銀時はしげしげと興味深そうにケーキを眺めている。
その様子はまるで、未知なるものに出会った野生の小動物のようだ。
「・・・いっこだけ、食べる?」
銀時は頷いたかと思うと、手近なひとつに手を伸ばした。
そのまま手づかみで口に入れる。
「うめぇ・・・!」
目を輝かせ、銀時の手にあったケーキはあっという間になくなった。
「うまかった。詩音がつくったの?」
「うん」
「すげえな」
詩音のすきな綺麗な目を細めて、銀時が笑う。
「ケーキ食べたこと、ないしょだからね」
「わかった」
銀時は、入ってきた時と同じようにふらりと台所を出て行こうとする。
「ぎんとき!」
「何?」
「あのっ、ぎんときのたんじょうびには、もっとおいしいケーキつくるからね!」
詩音の言葉に銀時は一瞬目を見開いて、それから照れたように笑った。
そして、今。
詩音は万事屋の台所で、ケーキ作りに勤しんでいた。
あの時の●倍はありそうなケーキに、いちごをのせていく。
そして、最後にチョコペンで文字をかいて。
「完成!」
「お!見せて見せてー」
詩音の声が聞こえたのか、銀時はいそいそと台所にやってきた。
大きなケーキを見てきらきらする目は、あの頃と変わらない。
「うおおっ、凄ェな!」
「でしょ?」
「なあ、食っていい?食っていい?」
「ちゃんとソファで食べてね」
「おっしゃぁぁぁ!」
ふんふんと鼻歌をうたいながら、銀時はそろっとケーキを居間に運んでいく。
詩音もエプロンをはずして、それについていく。
「はー、やっぱ美味いわー、銀さん好みの甘さだわ」
「そりゃどうも」
「うん、美味い。食う?」
「いいよ、銀時の誕生日なんだから」
「悪いねー」
銀時はにやにやしながらケーキを口に運ぶ。
・・・そんなに嬉しいのだろうか。
「なんか思い出すよなァ、はじめてお前のケーキ食った時のこと」
「!・・・・・・覚えてたの?」
「たりめーだろ、銀さんの記憶力舐めんじゃねーよコノヤロー」
あん時はまだ詩音も俺もちいさかったよなァ、と銀時が呟く。
「・・・そうだね」
あの頃は想像すらできなかった。
こんな風に幸せに、銀時と暮らすことなんて。
こんなに大きなケーキを、毎年つくるようになるなんて。
「お前がはじめて銀さんにケーキ食わせてくれた時、」
「うん、」
「小せェケーキだったのにめちゃくちゃ美味くてさ、」
「・・・うん、」
「もし将来結婚するんだったら絶対こいつぐらい美味いケーキつくる奴と結婚しよう、って決めたんだよ」
「・・・!」
「詩音、俺と結婚してください。そんで、毎年銀さんのためにケーキつくってください」
「・・・ケーキ目当てか、馬鹿」
文句を言ったつもりだったのに、零れた透明な雫に遮られて。
ああ、この言葉をずっと待ってたんだ、と思った。
「言われなくても、毎年つくってあげるからね。糖尿になったってやめてあげないから」
「詩音のケーキが毎年食えるなら糖尿なんて気合いでなんとかなるしー」
「・・・幸せにしてくれなかったら許さないからね」
「あー、それは心配ねーわ」
「?」
はてなマークを浮かべる詩音を抱きよせて、銀時が囁く。
「だって、現在進行形で幸せだろ?」
「っ・・・!」
悔しいが図星だったので、腹いせに不意討ちで唇を奪ってやった。
唇を離すと、銀時は綺麗な目を細める詩音の大好きな笑い方で、笑った。
二人が願うのは、きっと一緒のこと
(いつまでも君の隣で)
(笑っていられますように)
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[mokuji]
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