よるのなきごえ
「じゃあな」
「うん、いってらっしゃい」
「いってきます」
「いってくるアル!」
銀時たちが、闇に紛れて駆けていく。
その様子を見送って、詩音は溜め息をついた。
今日は、少し(銀時の少しはあまり信用ならないが)危険な依頼らしい。
何でも、天人が関わっているとか。
だからつれては行けないと、つい先程知らされた。
薄々気づいてはいたけれど、ぽかりと穴のあいた様な気持ちになる。
ずっと、そうだ。
誰かの助けを借りたい時、身の危険が迫っている時、銀時は必ず詩音を置いていく。あの戦争の後から、ずっと。
大切にされているのは知っている。それでも、ついて行きたいと、ともに戦いたいと思うのは、我儘なのだろうか。
(・・・よし)
誰が見ている訳ではないが、詩音はそろりと自室に向かい、相棒を手に戻ってきた。
しゃ、と剣を鞘から抜くと、それはまるで血を欲すように、ぬらりと光る。
その輝きにどくりと高鳴る心臓に気づき、詩音は苦笑した。
(あたしもお前も、平穏なんて似合わないのかもしれないね)
少なくとも、愛しい人が戦っている陰で安穏と暮らしていけるような神経は持ち合わせていない。
「さあ、行こうか」
ごめんね、銀時。
でも、もう守られるだけは嫌なの。
彼らの行き先は知っている。大丈夫、戦える。
詩音は唇をぎりりと噛みしめて、彼らの後を追った。
「っは、こりゃアレですか、皆さんお揃いで修学旅行ですかコノヤロー」
「銀ちゃん何言ってるアルか、こいつら明日の大江戸スーパーの大安売りセール狙いに決まってるネ!」
「んな訳ないでしょォォォォォォ!?二人とも聞いてた、地球侵略に来てるんだよこいつら!」
「あー聞いてた聞いてた。てめーらなんかに俺のいちご牛乳渡すかァァァァァ!」
「酢昆布ゥゥゥゥゥ!」
「イヤ違ェェェェェ!人の話聞けオメーら!」
軽口が飛び交いながらも、戦況は苦しかった。
なにせ敵の数が多い。
斬っても斬っても湧き出るように向かってくるそいつらに、銀時たちは疲弊しはじめていた。
(くそ、あの依頼人たんまり金くれんだろーな・・・)
これで金が雀の涙程だったら死活問題だ、と考えつつ、銀時の木刀が天人の体を真っ二つにした、その時。
空から、何かが降ってきた。
「神楽、新八、伏せろ!」
咄嗟に叫び、自らも姿勢を低くして予想される落下地点から距離を取る。
そして、次の瞬間。
いちご程の大きさしかないそれが爆発し、辺りは地獄絵図と化した。
天人にとって。
そしてその爆発のなか、剣を抜く音を銀時は聞き逃さなかった。
「詩音っ!」
銀時の叫びに、神楽と新八がびくりと目を向ける。
出てきたのは、返り血であかく染まった詩音。
「ごめんね、銀時」
詩音の言葉に、銀時は開きかけた口をとじる。
「あたし、もう待ってるだけは嫌なの。あたしだって、みんなのこと守りたいから」
「・・・何かよくわかんないけど、取り敢えず依頼終わらせましょう!話はそれからです」
新八が、無理をしているとわかるような明るい声で呼びかけた。
返り血まみれの女なんて、嫌なもの見せてしまったなと少し反省する。
「新八の言う通りネ!」
神楽は言うが早いか、天人の残党のなかへ飛びこんでいった。
ぽつりと、詩音と銀時だけが残される。
「・・・死ぬなよ」
「馬鹿なこと言わないでよ、縁起でもない」
銀時はそれ以上何も言わず、戦いの渦中へ駆けていく。
詩音はその素っ気ない態度に不安を覚えながらも、銀時のあとに続いた。
そして、約1時間後。
銀時たちは、天人の屍のなか、立ちつくしていた。
「・・・なんで、来たんだよ」
銀時が苦しそうに呟いた。
「俺ァ、お前のこと絶対守ってやれるって言い切れる程強くねェ」
「守ってくれなんて言わないよ。あたしは、自分の責任で命懸けて、みんなと一緒に戦う」
「そういう問題じゃねーんだよ・・・!」
絞り出すような声に詩音がびくりと体を硬くすると、強すぎる程の力で抱きしめられた。
「・・・オメーも見て来ただろ、強ェ奴が死んでいくの、たくさん」
「・・・っ」
遠い、戦争の記憶。
いつになっても生々しく、ずくりずくりと疼き続ける記憶。
「お前の覚悟とか、そんなんじゃねーんだよ。俺が嫌なんだよ、誰も死んで欲しくねーんだよ・・・!」
月が雲に隠れ、銀時の表情は見えない。しかし、その腕は、背中は、僅かに震えている。銀時もこわいのだ、と思った。失うことが、世界が壊れていくことが。詩音と同じに。
でも。
「馬鹿かテメーは!」
詩音は銀時を、腹の底から怒鳴りつけた。
「さっきから黙って聞いてりゃ阿呆らしい!」
「なっ・・・」
「あたしも同じ気持ちだってことがどうしてわからないの!?」
「・・・!」
徐々に月を隠していた雲が晴れていく。
そんなことなどお構いなしに、詩音はまくしたてた。
「待つのは辛いの!あたしには、微力かもしれないけど銀時と一緒に戦える力があるのに、何もしないでいるのはもう、嫌なの・・・っ」
「ちょ、落ち着け、わかったから、」
「全然わかってない!」
詩音の迫力に、銀時は怯んだ。
こんなに怒ったのを見るのは久しぶりだ。
詩音のこんな側面をはじめて見る神楽と新八は、ぽかりと口をあけている。
「辛いことも嫌なことも全部一人で背負いこもうとするなんて、聖人じゃないんだからできる訳ないでしょう!あたしも、神楽も、新八も、みんないるのに、たくさん銀時の仲間がいるのに、そんな寂しいことしないで!」
あたしにも背負わせて、という詩音の言葉が胸に刺さって、あたたかくとけていく。
「そうですよ、銀さん」
「銀ちゃんのくせに何でも背負うなんて厚かましいにも程があるネ。詩音の言う通りアル、私たちにも背負わせるヨロシ」
いつの間にか側に寄ってきていた神楽と新八にも言われ、銀時は所在なさげに頭を掻いた。
「わーったよ。・・・おい、詩音」
「何、馬鹿銀」
「ちゃんと背負わせっから、泣きやめ」
「・・・泣いてないし。これあれだよ、雨だよ雨」
「詩音さん、さすがに無理ありすぎですよ」
「雨なの!」
「あーハイハイ」
「何その返事!むかつく!銀時のくせに!」
「うわ、ひでェ顔」
「誰のせいよ誰の!」
「銀さんは雨を降らせる特殊能力とか持ってませーん」
「コンクリに埋めて海に沈めっぞコノヤロー」
「すんません調子乗りました」
ごしごしと涙の跡を拭くと、ほらよ、と手が差し出された。
「けーるぞ」
「うん、」
素直にその手に甘えて、歩き出す。
神楽と新八はもう随分先に行ってしまった。
それでも銀時がゆっくり歩くのに合わせて、詩音もゆっくりと歩く。
「詩音、」
「ん?」
ちゅ、とキスがおとされて、詩音は目をまるくした。
頬があかくなっていくのが、自分でもわかる。
「っ馬鹿、ここ外、」
「こんな時間に起きてる奴なんかいねェだろ」
「そうかもしれないけどっ・・・」
「んー、じゃああといっかい」
「ちょっ、っ」
そしてまた、唇が重なる。
「ありがとな」
キスの合間に掠れた声で呟かれたそれに、気づいたのはきっとただひとり。
ひとりじゃないよ、と
(絡めた指で伝わっただろうか)
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美姫様キリリクでした。
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[mokuji]
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