ハー、と静かに息を吐き出してみる。息が白い、本格的に冬が始まりを告げていることがよく分かった。もう少しで家に着く手前、何となく立ち止まって空を見上げてみればキラキラと一際光を放つ一番星を見つけた。…アイツは元気にしてるだろうか、なんてガラにもなく心配をしてしまったり。何だからしくないな、そこまで考えてまた一人歩き出す。

総悟と会えなくなってからもうどれだけ時間が経ったのだろうか。玄関を開けてすぐにあるカレンダーへ目を通してみれば、今日で丁度二ヶ月だった。たった二ヶ月、それでもあたしからしてみればもう何年も会っていないかのように感じられた。ついこの間、二ヶ月前までは一緒にいることが当たり前だったはずなのに。最近は仕事が忙しいらしく、真選組総出で闘いに出ることも少なくないと聞いた。心配で心配で仕方がないけれど、総悟にとって刀こそが人生そのものなんだろう、電話をしたってメールをしたってこの二ヶ月間の中で一度も返ってきたことはない。

だからといって仕方のないことだとも思ってるし、よくよく考えてみれば当たり前なのだ。こうやってあたしは総悟のことを考えてて心配だってしてるし正直早く会いたいとも思ってるけど、別にあたしは総悟の恋人でもなんでもない。友達、知り合い…そんな言葉で表せてしまえる程度なんだろう。ただ、そう思ってるのはきっと向こうだけであってあたしは違う。本当に何気ない、なんでもない出会いだったけれど気付けば総悟のことを好きだと思うあたしがいたのだから。

今日は珍しくあたしも仕事が考えられないほどに忙しく、気を抜けば今すぐにでも眠ってしまいそうだった。寝る前にお風呂だけは入ってしまいたい、思い立ったら即行動で着替えを準備してお風呂場へ向かう。ボーッとしていたせいか、シャンプーが目に入ってしまったけれどそのおかげで目はスッキリ覚めたらしい。タオルを首にかけて冷蔵庫から取り出した水を飲む。ふぅ、と一息ついたところで部屋へ戻ろうと歩みを進めた。…だけど、思わず目を見開いてしまうほどに驚いて、その場に立ち止まってしまった。


「よう」

『え、そ、え…?』

「お前風呂長ェ、何十分時間かけてんでィ。」

『…え、総悟、仕事は?』

「ああ…ようやく一段落ついたとこでさァ。息抜きにと思って遊びに来やした。」

『…いいけど、疲れてない?大丈夫?』

「人の話聞いてねーだろィ…息抜きにここに来たんでィ。」

『……何かお作りいたしましょうか?』

「いや、別に」

『…ていうか、どうやって入ったの?』

「合鍵」


職権乱用でしょ、と呟くように言えば聞こえてたみたいで「警察は偉いんでさァ」なんて、ニヤリとした表情で言われたもんだから思わずため息。それでも嬉しさは隠せないみたいで、総悟に背中を向けた瞬間こぼれる笑み。抑えきれない、笑み。笑み笑み笑み。自分でも気持ち悪いと心中でツッコんでしまったほどに。二ヶ月ぶりなのだ、二ヶ月ぶりの再会なのだ。好きな人と、二ヶ月ぶりの。そこまで考えてまた緩む頬。ニヤけるなあたし、両手で頬を引っ張ってみるけれどそれでも意味はなさなかった。「なにやってんでィ、」と総悟に言われて慌てて振り返る。

制服じゃないのにも関わらず、腰にはちゃんと帯刀されている。改めて真選組という仕事の大変さを思い知らされる。大変、という言葉一つで表せるようなものじゃないことも分かってるけど、それ以上に言葉にすることもできないんだから困ったものだ。もっとあたしが総悟の気持ちを分かってあげられたら、心の中でさえワガママだって言わないのに。会いたいと思うにしても、もっともっと割り切れるはずなんだけどな。


「なァ」

『ん?』

「…こっち来てくだせェ」

『え?あ、うん』


刀をじっと見て考え事をしていたせいか、その場にずっと突っ立ったままいたあたし。総悟は自分の隣をポンポンと叩いてしっかりとあたしの目を見ている。どこか戸惑うあたしがいたのに気付いていたけれど、気にすることはないとそのまま総悟の隣へと向かった。よいしょ、とそっと座り込んで一息。座った瞬間にどっと疲れが押し寄せてきたらしい。ただ、隣に総悟がいるという事実に眠ることはおろか落ち着くことすら不可能に近いけれど。…近い、なぁ。よくよく考えてみれば、こんなにも近距離になったのは初めてなんじゃないだろうか。


「…ふぁーあ…」

『…ふあー…』

「……真似してんじゃねーや」

『欠伸はうつるって知らないわけ?』

「…眠ィな」

『寝てもいいけど、そんな時間あるの?』

「大丈夫でさァ、これはちゃんとした休暇ですぜ。今回は俺もかなり頑張ったんでねィ。」

『そっか、お疲れさま』

「けど、明日も朝っぱらから稽古があるんでィ…ったく、休ませろって話でさァ。」

『じゃああんまゆっくりできないね〜』

「ま、今更って感じだけどねィ。」

『サボる気か』

「たりめェでィ。」


程々にしなよー、とまるで気にしてないとでも言いたそうな態度。ほんとなら真面目にしろって怒った方がいいとこなのかもしれないけど、そういうわけにもいかなかった。…もしそこでそう言ってしまえば、総悟は帰ってしまうだろうしそうなれば今度はいつ会えるのか分からない。そんなのあたしのワガママだってことも分かってるし、総悟にとって重要な稽古を潰してるんだってことも重々承知してる。こんなんで総悟のことを好きだなんて言っててもいいのかな、って戸惑ったあたしもいる。でも結局、好きだという気持ちが勝ってしまうのだからどうしようもない。

…でも、やっぱりここはちゃんと注意をして帰してあげた方がいいんだろうか。いや、いいに決まってる。それこそ総悟の為になるし。あたしが我慢するだけだ、それだけなんだから。一生会えないわけじゃないし。…うん、そうしよう。心の中でしっかり決意をして、総悟、と口を開きかけた瞬間だった。


『…お、っと!』


突然肩に重みを感じたかと思えば、すぐそばから静かな息遣いが聞こえてきて。どうしたものか、総悟の頭があたしの肩に乗っかっている状態なのだ。何が起こったのか理解するのには割と時間がかかったけど、理解してからはとにかく心臓の動きが激しさを増した。


『…総悟?』

「………」

『…ね、寝てるの?』

「…寝てねェ」

『そ、そっか…』

「あーもううるせェ。今から寝るんでィ邪魔すんな」

『は、はぁ?!肩かしてやってるのになにその態度!』

「……るせェ、っつってんだろィ。」

『なにそれ、大体総悟アンタさ…っ!』


これ以上は言葉にすることができなかった。その代わり、ただただ『総悟、』と名前を呼んだ。じんわり、と濡れているあたしの寝着。総悟の顔で見えないけれど、確かに肩辺りに感じたその感覚。どうしたの、何かあったの、聞きたいし聞いてあげたい。そんな気持ちはたくさんだったのにうまく言葉にすることができない。それに、なぜだか言おうとも思えなくて。矛盾してる自分、でもすぐに分かった。


『…あーあ、泣いちゃって。』

「…は、泣いてねェし」

『あーはいはい。』

「…うぜェ、」

『…何があったのかなんて聞かないけどさ、こうやって頼ってくれるのは嬉しいっていうか…まぁあたしなんかでいいのかって不安にはなるけどね?』

「………」

『あたしは総悟のことを全部理解できてるわけじゃないから、今何を考えてるのかも分かんないし、見当もつかないよ。』

「………」

『…だけどさぁ、総悟が誰よりも意地っ張りで強がりで、肝心なとこでバカってこともちゃんと知ってる。』

「…俺、貶されまくりじゃねーか…」

『ね、だから…さ、今はあたしに甘えてくれていいよ。』

「………」

『…ちゃんと受け止めるし、そばにいるから。ね?』

「…なんでィ、それ…」

『ほらほら、いいから!』


あたしのその言葉がまるで合図かのように、総悟はプルプルと小さく体を震わせてずっと顔をうずめていた。今更思い出したのは“息抜き”という総悟の言葉。会ってない間にどんなに辛いことがあって、どんなことをしてどんな思いをしていたのかなんて分かるわけがない。それでも、そんな総悟の心を休める場があたしだって言うのなら、あたしもそんな総悟の居場所に自らなってあげたいって、そう思うんだ。

だから、今は。今だけは。


「…お前だから、なんでさァ。」


“…サンキュ”


意地っ張りで強がりでバカな隊長さんよ、たくさん弱いとこ吐き出しちゃえばいいんだよ。全部全部、あたしが半分こにしてあげるから、貰ってあげるから。

ありがとうって言うのはあたしの方なんだ。

…頼ってくれて、ありがとう。



tear

こんなときにまでもしワガママを言ってもいいのなら、これからもずっとこうやってそばにいて、あたしにだけ全てを見せてくれたら、いいのにな。


(…今度、何か奢りまさァ。)
(うっわ珍し)
(ああもうぜってェ奢ってやんねー)
(嘘だって総悟くん)
(…なァ、)
(ん?)
(これからもずっと俺のそばにいろ)




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七瀬様へ捧げます、相互記念沖田くんです。
…が、が。すみませんんんん!どこが甘いねん!
沖田で甘というリクだったはずなのに…いつの間にこんなことに…
しかも超長い!始めのくだりいらん気がしてきた…笑
沖田くんが泣いた理由はご想像にお任せいたします。
改めまして七瀬様!この度は相互ありがとうございました!

20111108 みう





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