びっくりだ。 そんなもんじゃない。 もう、世界がぐるんと一回転したかと思った。
「にんしん、2か月・・・」
鰊じゃない。 妊娠だ。 この腹のなかに、ちいさないのちが、確かに息づいているのだ。
一人の部屋で、詩音はぼんやりと考える。 会社には育児休暇を出さなくちゃいけない、お金もかかるから貯金も下ろさなければ、ああ、その前に互いの両親に報告か。
いや、違う。 ・・・産めるのだろうか、私は、この子を。 思えば子供のことなど二人で話したことがない。
どうしよう、もし晋助が子供嫌いだったら。 そしたら、そしたら。
ひゅう、ひゅう。 あれ、息ができない。 ちょっと待って、このままじゃお腹の赤ちゃんが死んじゃう。 呼吸の仕方が、わからない。
「しんす、け、」
「ただいま」
ぼそりと呟くような声と、靴を脱ぐ音。 そして、驚いたように見開かれた目。
「詩音・・・っ!」
「し、んす、け、」
「落ち着け、ゆっくり息吐け、ゆっくり吸え」
「しん、すけ」
「大丈夫だ、俺ァここにいるから」
ゆっくりゆっくり深呼吸を繰り返すと、やっと普通に呼吸ができるようになった。 高杉の方を見ると、心底安堵したように息を吐いている。
「何やってんだよ」
「・・・あのね、晋助」
「あ?」
「あの、ね、あんまりびっくりしないでね、」
「・・・晋助との赤ちゃんが、できたの」
「・・・・・・はァァァァァァァァァ!?」
「びっ、びっくりしないでって言ったじゃない!」
「するに決まってんだろ!?・・・ほんとに、いんのか」
「へ?」
「・・・お前の、腹ん中」
「あ、う、うん」
「・・・触ってみても、いいか」
「いいけど、・・・まだおっきくないし、動かないよ?」
「そうか、そうだよな、悪ィ。うわ、やべェ、俺名前とか考えてねーよ」
「・・・あ、あの、晋助」
「何だよ。・・・あ、アレか、つわりか!?腹痛ェのか!?」
「いやそういうのまだないから!えと、あの、・・・産んで、いいの?」
「・・・は?たりめーだろ」
何を意味のわからない、というような顔を高杉はして、当然のように言った。 暫くして、じわじわとその言葉が滲みてくる。
「・・・てか、晋助まだスーツのままじゃん。早く着替えなよ」
「いんだよんなこたァ。つーかやべェよな、ガキがでかくなったらここじゃ狭いよな。家買うか、ベビーカーとかも買わなきゃいけねェな。・・・あ、でもガキが男だったらベビーカーがピンクとかだったら可哀想か。無難に紺でいこうぜ、なァ詩音」
「ちょっ、気が早いよ、晋助」
「あ?・・・そうだな、悪ィ。・・・今度ちゃんと、プロポーズとかすっから。きっと良い家族になるぜェ、なァ?」 「いや、そうだけどそういうことじゃなくて、・・・うん、まあいいや」
賑やかになるね、と言うと、違ェねーな、と高杉はやさしく微笑んだ。 きっとやさしい家族になれる、そんな予感がした。
ベイビーベイビー、
(早く生まれてきてね、)
(みんなみんな楽しみにしてるから)
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