「詩音、どこに行くんですか?」
てくてくと黒の教団の廊下を歩いていた詩音に、アレンは声をかけた。
「あ、アレン。今日は任務ないの?」
「はい。詩音も?」
「うん。だから図書室に行って本でも借りようと思って」
アレンは少しばかり驚いた。
普段、詩音が読書をしている姿など見たことがなかったから。
「へえ、詩音って本読むんですね」
「ほとんど小説だけどね。アレンは読まなさそう」
「あはは、僕ぶ厚い本とか苦手で・・・」
そう言って、アレンはぱっとあることを思いついた。
「詩音、僕も一緒に行っていいですか?」
「いいけど、何か読むの?」
「詩音のおすすめの本が読みたいです」
詩音は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑って了承してくれた。
(やった!これで今日一緒にいる口実ができる!)
内心の喜びを悟られないようにしながら、アレンは詩音とともに図書室へと向かった。
それからしばらくして、二人は詩音の部屋でそれぞれ本を読んでいた。
詩音がアレンに選んだ本はどれも難しすぎず子供すぎず、アレンは夢中になって読み進めていく。
今アレンが読んでいるのは、一組の男女のお話。
壊れていく世界のなかで、互いに助けあい、愛しあって生きていく彼と彼女。
しかし、そんなささやかな幸せにも終わりが近づいてきて。
お互いを大切にするが故に、二人は離れていく。
「また必ず会う」という約束を信じて。
そして、巨大な台風や津波、竜巻などの異常気象が世界を襲うところで、物語は唐突に終わっていた。
世界や二人のその後については、何も触れられていない。
この小説は詩音が間違って選んだんじゃ、とアレンは少し首を傾げながら、白紙の筈のページを捲った。
『それでも、人々は希望を見失いませんでした。
しっかりと前を向いて、
一歩ずつ進んでいきました。』
そこに書かれていた文章に、アレンは目を見開いた。
『そして、彼と彼女は
約束を果たしました。
決して楽な道程ではないけれど、
二人はともに歩いていくことを
決めました。
そして二人はずっと一緒に、
幸せに暮らしました』
明らかにペンか何かで後から書き足された文章。
そしてこの筆跡を、アレンは知っていた。
これはきっと、誰よりも優しい彼女の願い。
「詩音、」
「ん?ああ、読み終わった?」
「ちゃんと、なりますよ」
アレンは椅子に座って本を読んでいた詩音を、後ろから抱きしめる。
「詩音が願う通りの優しい世界に、ちゃんとなりますよ」
「・・・うん」
「誰も傷つかない、傷つけない世界になりますよ」
「・・・うん」
アレンは詩音を安心させるように、ぎゅっと抱きしめた。
「・・・そうだね。優しいアレンが一緒なら、きっと」
「僕は詩音がいるから頑張れるんですよ」
「そうなの?」
「はい」
沈黙の後に、すき、と優しいことばが零れた。
零したのは、彼か、彼女か。
君と一緒なら、きっと
どんなに酷い世界でも
(優しい場所に、変えてゆける)
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