そのはちっ!





(・・・はあ、)




冴える意識を無理矢理寝かしつかせたお陰で体調は良いが、精神的な疲労は解消されていない。
まあ、自分のせいと言われればそうなのだが。




「山崎、ちょっといいか」




「? はい」




朝食を胃に流しこんでいると、土方に声をかけられた。
隣の空白を気にする暇もなく、副長室へと向かう。




「悪いが、緊急の任務だ。この間検挙した麻薬密売組織の残党が、怪しい動きちらつかせてやがる」




(・・・ああ、あの子が無線で遊んでた時の)




「それなら、ちょっとだけですけど俺個人で探り入れてました。そんなに人数はいないですけど、・・・幕府のお偉いさんが一枚噛んでる可能性があります」




土方は僅かに目を見開き、それからそうか、と呟いた。
俺も少し調べてたんだよ、という土方の言葉に、山崎は内心苦笑せずにはいられない。




全く、この人は。
自分も膨大な仕事を抱えているくせに。




「だが、なかなか尻尾見せねェからおかしいと思ってたんだよ。一歩先回りしてるみてーに」




「でも、奴らの拠点はつかめたんですよね?」




「ああ」




海に近い廃ビル。
情報収集だけ、相手に見つからないように。




紫煙の合い間に吐き出される単語を繋ぎ、任務の内容を把握する。
支度をして屯所を出ると、眩しすぎる朝日が目に刺さった。




・・・そういえば今日はあの子を見ていない、と、やけに冷静な頭の隅が小さく呟いた。

































埃臭い床下に、身を潜める。
上から漏れる僅かな光を頼りに、隊服を探って盗聴器を取り出した。
それをそっと床板につけ、ほう、と息をつく。
やっと、5つの盗聴器を全てつけ終わったのだ。
さて、そろそろか、と唾を呑むと。




「こんにちはぁ〜」




間延びした声に、戦慄が走った。




「ふふ、最近駄犬が嗅ぎ回ってると思ったら、アンタだったんだぁ〜」
幼い少年や少女のように喋る青年が、にこにこと山崎の隣て笑っていた。
その瞳は、つめたいつめたい、




・・・血の、赫。




「俺に見つかっちゃって残念だねえ。これはもういらない、でしょ?」




パキリと音をたてて、先程の盗聴器がただの粉になった。
背中をだらだらと冷や汗がつたう。




(誰だ、何者だ、こいつ)




組織の幹部リストに、こんな奴はいなかった。
とすれば、・・・雇われた、天人か。




「ほら、お迎えが来たよぉ」




次の瞬間、明るくなった視界に、物騒な男たちが姿を現した。
これは久しぶりの大ポカだな、と苦笑する。
いや、下手をしたら、一瞬でも気を抜いたら、死ぬ。




「これはこれは真選組の方じゃあないですか、わざわざどうも」




「・・・いえいえ、こちらこそ恐縮です。こんなに盛大に出迎えて頂いて」




緊張が、走る。
そして、




「テメーらあああ!この間の敵だ、討ち取れえっ!」




「・・・生きて帰れたら、副長に1週間くらい有休もらおうかな」




しゃら、刀を抜くと同時に、こっそり耳につけている小型無線の電源を入れる。




賭けだ。
援軍が来るまで持ちこたえていられるか、それとも。




襲いかかってきた男たちを刀で裂き、抉り、突きながら、こういうのは性に合わないな、とぼんやりと思考した。




やっぱりバドミントンの方が、俺には合ってる。
































「っは、は、はあっ」




ずるずると足を引き摺りながら、出口に向かって歩く。
斬られた肩やら足やらからはどくどくと血が流れ、黒い隊服はぼろぼろだった。




「やっほぉ、『シンセングミ』の人。いやあ、思ったよりも頑張ってたねえ。死ぬかなーと思ってたんだけど」




けらけらと笑いながら、青年が近づいてくる。
読めない行動に、山崎は眉をひそめた。
それを見て、青年はまた笑う、笑う。


「だーいじょうぶ、殺さないよ。君相手なんておもしろくないし」




「・・・お前、この組織じゃないな」




「ふふ、当たりいー」




どこの星の天人だ、と訊ねようとした言葉は、青年の問いに掻き消される。




「『シンセングミ』・・・ねえ、そこに『サムライ』はいるのお?」




「・・・は?」




ぽかん、という表情をしていたのだろう。
ひどい顔だよお、と青年は笑い、まあいいや、と呟いた。




「じゃあねえ、『シンセングミ』の人」




日の光に溶けるように行ってしまった青年を呆然と見つめていた山崎は、ふと我に返った。




早く戻らなくちゃ。
副長に有休を申請しなくちゃいけないし、
喉も渇いたし、それになにより、




あの子に、謝らなくちゃ。




踏み出した一歩とともに、視界がくらり、揺れた。





















「いつまでそうしてるつもりだ」

土方は布団にくるまった詩音に溜め息をついた。
昨日の夜からずっとこの調子だ。




「・・・今酷い顔ですよ」




「いつもだろうが」




「ふは、酷いです副長」




のそのそと這い出してきた詩音の顔は、散々泣き腫らした目をしている。
その痛々しい笑顔に、ずくりと心が疼いた。




「・・・ほんと、馬鹿みたいです。こどもみたい」




構って欲しくて、こどものようにちょっかいをかけて。
そして、一人前に傷つくのだ。




「大概そんなもんだろ」




「そ、ですかね・・・?」




「駆け引きが上手い奴なんざ、ロクな奴いねェ」




「・・・まさか、実体験」




「んな訳あるか」




「今日は副長よく喋りますねえ」




「慰めてやろうとしてんのに、テメェ」




「あは」




渇いた笑いが、部屋にぶらぶら浮いている。
ぽたり、と雫がおちた。




「・・・も、何やってんだろな、あたし」




「それがお前のいつもの行動に対する言葉なら激しく同意する」




「無理しなくていいですよ、・・・わかってんです、あたしはただの部下だってことぐらい」




「・・・・・・・・・・・・・・・」




「なんであの人なんだろ、ヘタレだし地味だしヘタレなのに」




「・・・でも、知ってるんですよね、優しいところも、一本筋が通ってるところも」




「・・・そんなもんだろ」




「・・・それは実体験ですか」




「さあ、どうだろうな」




にやりと土方が笑ってみせると、詩音もつられたように僅かに口角を上げた。




それでいい。
無理矢理嘘笑いをつくられるより、余程。




「・・・よし、ちょっと元気出ました」




「ほんとかよ」




「はい。だから副長は仕事に、」




ザザッ、ザザッ土方の小型無線に、雑音が混じる。
土方は眉を顰めた。




「山崎か?」




「こちら山崎、副長、援」




ぶつり、と無線が途切れた。
一瞬の空白が、沈黙が痛い。




「あたしも行きます」




「・・・頼む」




青ざめた顔色と震える声に気づかない振りをして、土方は指示を出すために部屋を飛び出した。























「山崎さんっ!」




廃ビルの扉は開け放たれていて、人が一人倒れているのが見えた。
黒い筈の隊服が、あかい、あかい。




「山崎さんっ、山崎さんっ、ねえっ」




「・・・安心しろ、脈はある、呼吸もしてる」




「よかっ、た、」




傷自体は生死に関わるようなものは見当たらないが、なにしろ数が多い。
土方は山崎を担ぎ上げ、詩音とともに病院へと急いだ。




早く、はやく


(もうこれ以上、泣き出しそうな顔を見たくはないから)