そのななっ!





「山崎山崎、俺ちょっと用足しに行って来まさァ」




「沖田隊長屯所出る時に厠行ってましたよね」




「・・・アレでィ、さっきのは小で今のは「汚い話しないで見回りしてください」・・・へい」




全く、何だってんだ。
任務明けで疲れてるっていうのに見回りは沖田隊長と一緒だし、書類は多いし。
それに、あの子は非番だし。




「山崎山崎、」




「何ですかもう、俺疲れて「アレ見ろィアレ!」・・・へ?アレ、って」




どれですか、と続ける前に、その対象を発見した。
否、発見してしまった。




通りを挟んで向かい側のファミレスに、詩音が居た。
・・・銀時と一緒に。




「へえ、詩音ちゃんと万事屋の旦那って仲良かったんですね。知らなかった」




あれ、なんで俺は動揺しているんだろう。
このどす黒い気持ちは何だろう。




それ以上二人を視界に入れたくなくて、山崎はファミレスからふいと顔を背けた。



「・・・行きましょう、沖田隊長「嫌でィ」・・・は?」




「人の色恋沙汰見てからかうこと程おもしろいことありやせん」




にやにやと笑いながらファミレスに向かう沖田を、山崎は慌てて引き止める。




「何でィ山崎の分際で俺のお楽しみ邪魔すんじゃねーやコノヤロー」




「Σいつものことだけど酷いな!・・・ていうか、あの二人が付き合ってる証拠もないじゃないですか。余計なことしないで見回り「いいから行くぜィ、安心しなァファミレスくらい奢ってやらァ」・・・・・・・・・」




本気で殴りたいと思った。
























「全くアイツも隅に置けやせんねェ、税金泥棒のくせに旦那を落とすたァ」




「税金泥棒はアンタだろ」




「何か言ったかィ」




「まさか」




もぐもぐとポテトを頬張りながら、向こうの会話に耳を澄ませる。
あんなに渋っていたのに結局こうなる自分の弱さに呆れつつ、山崎は耳に神経を集中させた。




「で?上手くやってんの、最近」




「上手くってか・・・まあ、普通」




「ふーん」




詩音の真選組での生活のことだろうか。
入ったばかり、という訳でもないのに、この質問とこの答えは解せない。
・・・まあ、普通といえば普通なので、間違ってはいないのだが。




「上手く、ねェ」




にやにやと笑う銀時に、徐々に紅潮していく詩音の頬。
屯所ではあまり見せない「女の子」の顔に、山崎の心臓がばくりと音をたてる。




「かっ、からかわないでよ・・・」




「えー?だってさァ、」




銀時が詩音にぐいっと顔を近づけて、何やらこそりと囁いた。
茹で蛸になってしまった詩音に、手の中の箸がぼきりと音をたてた。




そんな顔、俺の前じゃしたことないくせに。
何で旦那には見せるんだよ。
俺の方が、ずっと君の側にいたのに。
俺の方がーーー・・・




一番近くで、君のこと見てたのに。




押さえきれないどす黒い感情に苛々しながら、山崎はお冷やをごくりと飲みほす。
生ぬるい水がこの感情を鎮めてくれる訳もなく、山崎はポテトに手を伸ばした。




ぺしっ




「痛っ!何すんですか!」




「俺の奢りでィ、最後の一本は俺のモンでさァ」




まっとうな理屈に、ぐうともすんとも言えなくなる。
もう一杯お冷やをもらおうか、と考えていると、その一言が飛び込んできた。




「なんか、わかんないけど。もっと良い人いっぱいいるのかもって思うけど、」




「・・・でも、呆れるぐらい好きなの」




照れたような声に、甘いことば。
多分、頬は淡く色づいているのだろう。




「・・・沖田隊長、俺失礼します。今日提出の書類があったの、思い出したんで」




返事なんて聞かずに、店を飛び出す。
「ヘタレ」って小さく呟いた声が聞こえたけど、知るもんか。













「あ、あのー、山崎さん・・・」




夜。
すすすっと襖を開けて部屋に入ってきた詩音に、山崎は僅かに不機嫌な表情をしてみせた。




・・・今日は、会いたくなかった。
馬鹿なことを言って傷つけない自信がない。




「・・・何、」




「いや、書類持って来ただけ、なんですけど」




「ああ、そこに置いといて」




ほら、いつもより口調が刺々しい。
昼間のどす黒い感情も喉元までせり上がってきて、気持ち悪い。




「・・・山崎さん、今日沖田隊長とファミレスにいました?」




「・・・・・・まさか」




「で、ですよね!あたし銀さんとファミレスでお茶してたんですけど、山崎さんみたいな人見かけて。その後沖田隊長があたしたちの所に来たから、あれ山崎さんだったのかなって」




「・・・・・・・・・・・・・・・」




態と無言を貫き通す。
沈黙が痛い。
早くこの部屋から出て行ってくれればいい、と願いながら、山崎はさらさらと書類を片付けていく。




ねえ、お願いだから、早く。
俺が君をこれ以上傷つけてしまう前に。




「・・・山崎さん、今日機嫌が悪いんですか?」




「俺が機嫌悪かったらいけない?」




一言ぽんと出てしまったら、もう終いだった。




「俺だって機嫌悪い時あるよ、任務で疲れて帰って来たのに部下がしつこく話しかけてくる時とか。まあ、つまり今なんだけど」




「・・・・・・・っ、」




「いつも優しくしてくれる人がいいなら、真選組にいない方がいいんじゃない?万事屋の旦那だったら、きっと毎日ちやほやされて幸せだと思うけど」




「そん、な」




「自分だけが傷ついたみたいな顔しないでよ、俺だってボロボロだよ。仕事にも文句言ってたし、丁度良いじゃん、万事屋で働かせてもらえば」




そして、俺は。
言ってはいけないことを。




「元々、真選組は女の子がいる所じゃないし」




息を呑む音が聞こえた。
あ、と思った時には、もう遅くて。




「・・・っ、すみま、せんでした」




ざっくり傷つけられた彼女は、部屋を出て行ってしまった。
やっと静かになった部屋で、山崎はごろりと畳に寝転ぶ。




詩音が自分が唯一の女隊士であることを気に病んでいることを、山崎は知っていた。
実力が足りないのではないかと、自分が女であることが真選組に悪影響を与えているのではないかと、不安気に訊ねてきたこともあった。




それを知っていた。
知っていて、抉ったのだ。




(ほんとに何やってんだ、俺)




苛々の正体に、やっと気づいた。
嫉妬。
すきだと気づいた時にはもう遅くて、変えられない現実に苛ついて、
一番大切な人を、傷つけた。




なんて小さい。




(・・・もう、どうでもいいや)




後悔しても、もう遅い。
万事屋に行ったであろう詩音を追いかける勇気も、謝る潔さも、持ち合わせてはいないのだ。




じくじくと痛む心に無視をきめこんで、山崎は書類に取りかかった。




ああ、きっと君は泣いている


(その涙を、一体誰が拭っているの)