そのよんっ!





「山崎さん山崎さん」




「・・・何、詩音ちゃん」




「暇!暇です!」




「目の前にある書類が見えないのかな」




「え?書類、何それ美味しいんですか?」




「・・・君の眼球は腐ってるみたいだね、くり抜いて新しいのと替えてあげようか」




「Σけけけ結構ですううううううう!」




「それは残念」




鬱々と雨が降る中、山崎と詩音はそれぞれ溜まりに溜まった書類を片付けていた。
やってもやっても湧き出てくる書類に、軽く殺意を覚える。
そして、隣で書類を放棄しているこの子にも。




「あーあ、今日が晴れだったらよかったのに、沖田隊長と見回りと称したサボり・・・散歩に行けたのに」




「その前半部分には激しく同意するけどね」




「ほんとですか!?じゃあ山崎さん、休憩に行きましょう!なんか甘いもの食べましょう!」




「君の山積みの書類が終わったらね」


「ふぬー・・・」




渋々といった態で、詩音は書類を片付けはじめた。
静かになった部屋に、さらさらと筆の動く音だけが聞こえる。




さらさらさらさら。
さらさらさらさら。




ぴちょん。
ぴちょんぴちょん。




「「・・・・・・」」




さらさらさらさらさらさらさらさら。
さらさらさらさらさらさらさらさら。




ぴちょんぴちょん。
ぴちょんぴちょんぴちょん。




「「・・・・・・・・・雨漏り?」」




二人顔を見合わせ、数秒の沈黙のあと。




「山崎さんっ、バケツ持って来てください、バケツ!」




「えええええ!?俺!?」




「そうですよ山崎って山崎さんしかいないでしょ!早く!バーケーツー!」




「こういう時走らされるのって普通部下っていうか詩音ちゃんだよねえええええ!」




文句を言いながらも風のように走っていった山崎にばいばーいと手を振り、詩音はひとまず書類を濡れないように移動させた。
幸いにも雨漏りは一箇所だけらしく(それも山崎の丁度頭のあたりだ)、それ程ひどい事態ではない。




(さて、と・・・)




バケツが来るまでの緊急の雨受けとして、山崎が先程まで使っていた硯を置き、ふう、と息をついた時。




「山崎ィィィィィ!テメー廊下走るなって何回言やわかるんだコラァ!」




「ふ、副長ォォォ!?ちょっと待ってください、これには事情が・・・」




「山崎、今度廊下走ったら切腹っつったよなァ?」




「え、いやあの副長、」




「言ったよなァ?」




「ははははい!」




「見逃してやろうかと思ったんだが、生憎俺ァ今虫の居所が悪ィんだよ」




「副長さりげなく敵の台詞取んないでくださ、ってギブギブギブギブ!副長腕!腕ェェェェェ!」




「あ゛?その五月蝿ェ口も喋れねーようにしてやろうか」




え。
何これ、今現在廊下で何が起こってんの。
状況によってはアレな状況を想像しちゃうぞ!




「山崎さーん、バケツまだですかー」




「詩音ちゃァァァァん!ちょっ、マジ助けて!副長に説明してあげて、っていだだだだ!死ぬー!」




・・・狭い廊下で、格闘ごっこが繰り広げられていた。
正確には、土方が山崎に見事な腕ひしぎをきめているだけなのだが。




「えー、なんかおもしろそうなんでこのまま見てていいですか」




「駄目ェェェェェ!詩音ちゃん俺の状況わかる!?ねえ!」




「詩音・・・テメー、大人の階段のぼったな」




「Σアンタの大人の階段って何なんですか!いでででで、マジで意識飛ぶ!」




涙目で訴えてくる上司が、そろそろ可哀想になってきた。
そろそろ解放してあげようか。




「副長副長、そんなことより、雨漏りしてんですよ」




「・・・は?雨漏り?」




思いがけない事実に力が緩んだらしく、山崎はするりと土方の腕を抜け出した。
腕をしきりに動かして調子を確かめているが、どうやら骨は折れていないらしい。




「多分、この前の季節外れのクソ暴風雨のせいで瓦がずれたか何かしたんだと思います」




「わかった、明日にでも近藤さんに言っとくわ。今日は悪いな」




「いいえー、山崎さんが濡れるだけですから」




「・・・俺のこと何だと思ってんの、詩音ちゃん」




「え、上司ですけど」




「嘘つけェェェェェェェェ!」




「じゃあ書類頼む」




「はーい、副長も無理しないでください」




「テメーの口からんな言葉が出るたァ・・・槍が降るな」




「んなっ!なんで!どういう意味ですかっ!」




山崎への腕ひしぎでストレスが発散されたらしい、土方はいくらか機嫌が良さそうに戻っていった。




「いててて・・・ほんとに副長、容赦ないんだから」




「まあ副長がストレス発散してくれたからいいじゃないですか」




「・・・うん良くないけどね、あんま良くないけどね」




「それに山崎さん、ちょっと格好よかったです」




「へ?どの辺が?」




「・・・・・・解放されようともがくサンドバッグって感じが」




「うん完璧嘘だよね目が泳いでるし!大体全然格好よくないからねその感じ!」




「・・・あ、」




「もういいよ別に、俺とかどうせ地味だしさ、地味に頑張っても誰も気づいてくれないしさ」




「山崎さん山崎さん!」




「・・・今度は何、詩音ちゃん」




「見てください、虹です、虹!」




空を見ると、成る程大きな虹が架かっている。
七色だ四色だと言われているが、そんなことは関係なく綺麗だと思った。




(ていうかさ・・・)




「俺の命懸けでバケツ取りに行った意味って、何ーーーーー!」




「ドンマイです、山崎さん!」




明日は晴れますよーにっ!


(そう、虹に願った)


(誰のためなのか、自分でもわからないけれど)