そのさんっ! 「こちら山崎、異常なしです。どうぞー」 夜の港は潮の香りが昼間よりもきつい、とこういう任務の度に山崎は思う。 緊張状態にあるせいかもしれないが。 そしてこの潮の香りに、山崎はいつまでも慣れることができない。 「こちら沖田、異常ありやせーん」 「こちら栗屋、えー、異常なしですどうぞー」 今日は、麻薬密売組織の一斉検挙が目的。 長いことヤマを張って、ようやくここまで辿り着いた。 失敗はできない。 そう山崎がごくりと生唾をのみこんだ、その時。 「えーこちら栗屋、トイレ行きたいですどうぞー」 無線から聞こえてきた間抜けな声に、山崎は思わずジト目で隣を睨みつけた。 隣では無線片手に(山崎が持っているから詩音には必要ないと思うのだが)詩音がポーカーフェイスで喋りかけている。 無視をきめこむことにして、山崎は再び双眼鏡を覗きこんだ。 「そこらへんの芝生でしときゃいーだろィどうぞー」 「・・・沖田隊長、あたし一応女の子なんでそーいうの無理ですどうぞー」 「すいやせん、ずっとペットの雌豚だと思ってやしたどうぞー」 どうぞどうぞと五月蝿い。 こいつら無線ごっこがしたいだけなんじゃないのか、と軽く殺意を覚えながらも、山崎は双眼鏡の向こうで行われている密売に集中する。 否、集中しようとした。 「ていうかやばいほんとトイレどうぞー」 「もうそこら辺でしろィどうぞー」 「馬鹿言わないでくださいよ、地味だけど一応山崎さんが・・・げふんげふん、超素敵な上司の山崎さんがいるんですからどうぞー」 よし今まで俺がやってあげてた書類、これから半分は詩音ちゃんに回そう。 「そーだったんですかィ?山崎ー、おーい、お前の隣のメス豚がーって聞こえてんですかィ、聞こえてんなら0.1秒以内に返事しねーとぶっ殺「聞こえてますよ聞こえてます!」・・・チッ」 「えええええ!?何で俺舌打ちされたんですか、明らかにおかしいだろ無線ごっこならアンタたち二人で楽しくやってればいいでしょォォォォォ!?」 「どうぞが抜けてるぜ山崎ィどうぞー」 「どうぞが抜けたから山崎さん罰ゲームですねどうぞー」 山崎は無言で無線の電源を切った。 そして詩音の無線を奪い取る。 「あっ」 「任務に集中しようね、詩音ちゃん?」 こくこくと詩音が頷いたのを確認すると、山崎は双眼鏡を覗きこむ。 レンズの向こうが、何やら騒がしい。 「・・・そろそろ、取り引きの相手が来る頃ですね」 「うん。詩音ちゃん、副長にもうすぐ突入の連絡するって送って」 「了解です」 山崎の手から無線をするりと抜き取って、詩音が連絡を取りはじめた。 その表情は、先程とは打って変わってきりりとしている。 (仕事はできるんだよなあ、仕事は) 心の中でぼやきながら、双眼鏡の向こう側を睨み付ける。 腰の刀が、カチャリと小さく音をたてた。 そして、次の瞬間。 山崎は無線に向かって叫ぶ。 「突入っ!」 ほぼ同時に、爆音と大勢の足音。 「真選組だ、神妙にお縄につけェ!」といういつもの台詞が、遠くから微かに聞こえた。 「さて、これであたしたちの仕事は終わりですね」 「まだ麻薬の調査とか色々あるけどね」 「あうう、それを言わないでくださいよー」 がくんと項垂れる詩音を見て、山崎はちいさく笑む。 この任務、彼女はよく頑張った。 山崎とは別行動が多く、ほぼ単独任務のようなものだったところも少なくない。 だから、少しは誉めてあげてもいいかな。 「・・・まあ、今回詩音ちゃんはよく頑張ったと思うよ」 詩音の目が見開かれ、口をぽかんと開けている。 端から見ると相当の間抜け面だ。 「・・・山崎さんがあたしを誉めるなんて、明日は槍が降るんですかねえ」 「やっぱり取り消そうかな」 「Σ嫌ですやめてくださいー!」 「五月蝿いよ」 「だっ、誰のせいですか、誰の・・・」 ぶつぶつ言いながらもその頬が緩んでいることに、彼女は気づいているのだろうか。 「さあ、検証の準備するよ、仕事仕事」 いつの間にか、爆音も刀と刀がぶつかり合う音も鳴り止んでいる。 「山崎さん、今回の任務のご褒美は甘いものがいいです!」 「甘いものはないけど書類がたくさん待ってるよ」 「ふぎゅっ!?意地悪ー!」 「まあ、コンビニのプリンぐらいなら奢ってあげないこともないけど」 「ほんとですか!?プリンでいいです!」 「・・・プリンで?へーえ・・・」 「ううう嘘!プリンがいいですー!」 「まあ考えとくよ」 そうして山崎が任務の褒美に甘味処のタダ券をあげるのは、また別の話。 こちら任務完了しました、どうぞ 詩音、山崎・・・テメェら任務中に無線ごっこたァ、まだまだ余裕らしいなァ ふっ、副長!? 書類追加な |