そのにっ!


「山崎さん山崎さん!」



「どうしたの詩音ちゃん」



「見、見てくださいあれ!」



「不審者か不審物でも見つけたの?」



「ああああれ、新しくできた甘味処ですよ!開店セールで2割引ですってひゃっふう!」



「・・・・・・」



山崎ははあ、と溜め息をついて空を見上げた。
身が凍る程寒いくせに、空は冬特有の、ガラスの様な青を被ってつんと澄ましている。
横で甘味処に入っていこうとする部下の首根っこをがしりとつかんだ。
ぐえっ、と蛙が潰れる様な声がしたけど気にしないでおこう。



「あのね詩音ちゃん、俺達今見回り中なの、わかる?」



「あいしー」



「うん英語で言わないでムカつくから。・・・その見回りの途中に、甘味処に入っていいと思う?」



「おふこーす!何故って甘味があたしを呼んでいるから!」



「はい非番の日に行っておいで。ほら、行くよ」



「あう・・・」



「・・・・・・」



「甘いもの暫く食べてないのに・・・」



「・・・・・・」



「こないだは非番なのにクソ山崎のせいで任務入って、その前はクソ山崎に沖田隊長の書類手伝わされて・・・」



・・・知らない知らない。
大体これ以上なんかしたら副長に減給されそうだし。



「その前の前はクソ山崎のミントンにつきあわされて・・・もうどれぐらい食べてないんだろう・・・」



・・・知らないよ、俺は知らない。
大体散々言ってる割には書類の時は引き換えに500円もらってにこにこしてたし、ミントンの時だって凄い楽しそうだったし。



「今度いつ任務入るかわかんないし、もしかしたら甘味食べるチャンスは今日しかないかもしれないのに・・・」



「だああああ!わかったよちょっとだけだからね!?食べたらすぐに見回りだから!」



「きゃっふう!ありがとうございます優しい山崎さんの部下であたしは幸せです!」



「あっそ」



さっきの愚痴の後じゃ信用できないけど、と思いつつ、口元が緩んでいるのは明らかで。
それを隣の彼女に悟られないように、山崎はマフラーに顔をうずめた。











「むー、お団子、お饅頭、あんみつ、くずきり・・・迷うなあ・・・」



「早く決めてね、あと10秒以内に決めなかったら詩音ちゃんの奢りだから」



「ええええっ!?」



「じゅーう、きゅーう、はーち、」



「わーっ、決めます決めます!ぜんざい!」



「チッ、・・・じゃあぜんざいふたつ」



「山崎さん!?今チッて言いましたよね舌打ちしましたよね可愛い部下に向かって!」



「やだなあ、俺は可愛い部下じゃなくて詩音ちゃんに舌打ちしたんだよ」



「Σいや可愛い部下=あたしっていう図式でしょう普通!それとも何ですか何か見えてるんですか!?」



「ん?俺そういうの見えるって言わなかったっけ?」



「・・・マジですか」



「マジだよ」



「・・・・・・今あたしの隣に何かいるんですか」



「うん」



「嘘ォォォォォ!ちょっ、待って待って待って、あたしそういうの無理なんです山崎さんお願い席替わって!」



「嘘」



「・・・・・・へ?」



「いないよ、詩音ちゃんの隣」
「・・・マジですか」



「うん」



「よ・・・よかったー・・・」




ほう、と息を吐いて、詩音は椅子に座り直した。
その様子に、運ばれてきたぜんざいに手を合わせた山崎が微笑む。




「あ、レアショット」



「え、何が?」



「いーえ何でも。ほら山崎さん、早く食べないと冷めちゃいます!」



「はいはい」




そしてぜんざいを口に運んだ、その時ー・・・。



「よォ詩音・・・とジミー君。何ですかこんな平日に甘味処デートですかクソ羨ましいぜコノヤロー」



「あ、万事屋の旦那」



「何言ってんの銀さん、あたしが山崎さんとデートなんてあるわけないでしょ。見回りだよ見回り」



「そうですよ旦那。ていうか詩音ちゃん、堂々と見回りなんて言わないの」



「はーい」



「ふーん、まァいいけど」



にやにや笑いを浮かべながら、銀時は詩音の隣に座って団子を注文した。
そして団子を口に運び、「美味ェ」と笑う。



(・・・何しに来たんだこの人は)



監察という職業柄、探らずにいられない。
甘党の銀時のことだ、ただ甘味を楽しみに来ただけかもしれない、けど。



(馬鹿みたいだな、俺)



山崎は自分を嘲笑った。
この読めない人柄に、山崎は妙な敬愛の念を抱くと同時に、怯えてもいる。
時々自分の全てを見透かされているような、その感覚に。
そのままただの自己嫌悪に陥りそうな思考を停止させ、山崎は目の前のぜんざいを口に入れた。
ほど良い甘さであたたかなそれは、喉をするりと滑り落ちていく。




「・・・美味しい」



「やっぱり疲れた体には甘いものでしょう?」



どや顔が少し気に入らないが、「そうだね」と適当に同意しておいた。
ふと見ると、銀時がまたこちらを見てにやにやと笑っている。




「・・・何ですか旦那、さっきからにやにや気持ち悪いんですけど」



「Σ酷っ!酷くねジミー!」



「ほら詩音ちゃん、食べ終わったなら出るよ」



「シカトかァァァァァ!」



「はーい」



「・・・ちょ、泣いていいかなこれ」



「あんたの分も黙って奢ってあげるから静かにしてください」



「おっ、わかってるじゃんジミ崎君」



「旦那、山崎です」



会計を済ませて外に出ようとすると、山崎だけ銀時に呼びとめられる。




「何ですか、これ以上は奢りませんよ」



「つれねーなァ。・・・なァジミー、お前詩音ちゃんのことどう思ってんの?」



「どう、って・・・大切ですよ」



「部下として?」



「・・・当たり前じゃないですか、これ以上馬鹿なこと訊いたら旦那の個人情報ここで暴露しますよ」



「Σ何何なの怖ェよ!いーってもう訊かねーから!」



「そうですか、じゃあ旦那、失礼します」



「おー」



(・・・ムキになってんのが怪しーんだよなァ・・・)



山崎が出て行った後、銀時は団子をぱくつきながら一人にやりと笑ったのだった。












「ふふふ」



「何笑ってんの」



「ふひひ。いやー、山崎さんはあたしのこと大切に思ってくれてるんだなあ、と思って」



「・・・聞いてたの」



「いえーす!」



テンションの高い詩音の横で、山崎はがくりと肩を落とした。
顔が熱い。



「詩音ちゃん、」



「ふへへ。は、はひ?」



「書類10枚追加ね」



「ふぎっ!?なっ、何でですかっ!」



「俺が奢ったぜんざいの対価にしては少ない方だと思うけど?」



「あう」



山崎さんの馬鹿!卑怯者!とか何とか言って走っていく詩音を見届けて、山崎はほう、と息をついた。



(・・・何動揺してんだよ、俺)



詩音のことは大切に思っている。
手塩にかけた、初めての直属の部下だ。
そりゃあ、可愛くない訳がない。
でも、銀時の言う「大切」は、それとは少し違う気がした。
その感情がどういうものなのか、それを自分が抱いているのか、山崎にはいまいちよくわからない。



(・・・まあ、いいか)



まずは屯所で待っている膨大な仕事が優先だ。
その量を思って重くなる足を、山崎は屯所へと急がせた。




この「たいせつ」の意味は、


・・・山崎、口についてる小豆は何だ


え、小豆・・・あ、


仕事放り出して甘味処たァ、いい度胸じゃねーか
・・・後で俺のところに詩音と来い


は、はいっ!


任務だ


・・・・・・!