お前には地軸の上がお似合いだ!

 優雅な動作で着々と準備を進めていく彼女はハイドリヒ卿に使えるメイドである。高貴な猫を連想させる姿に無駄な動きは何一つなく、淀みなく仕上がっていくテーブルセットに思わず感嘆の息を漏らした。
「凄いものですね、やはり訓練……練習の賜物ですか?」
 美しい模様の施されたガラスの花瓶に花を活ける手際にも感心したが、紅茶の用意は先程の感動を遙かに上回る。素人目に見ても洗練された動作は、動くマニュアルを読んでいるよう。
 テーブルに置かれた砂時計をひっくり返し、一通りの動作が終わったのかようやく彼女は「そうですね」と凜とした声で答えを告げた。
「フルト様は、最近こちらに?」
「ええ、お邪魔させていただいてます」
 黄金に彩られた死者の城に不釣り合いなティーサロン。
 この城に来て真っ先に改造したのはこの部屋だ。外の景色を眺めるのは諦めたが、空き室の一つくらい有効活用させてもらっても全てを愛する寛大さを有した黄金は何も言わないだろう。一応城の持ち主である少年に了承は得ているから、無断改造ではない。
 時の止まった枯れぬ花を部屋中に飾り、イタリアで購入してきたヴェネツィアン・グラスを配置していた時に彼女に出会った。
 広大な城内において彼女と出会えたことは我ながら称賛に値する出来事であり、私達の出会いを某水銀の蛇が面白そうに見つめていたのは記憶に新しい。
「頃合いですね」
「良い香り……やはり淹れる人が違うと味も変わってくるんですね。私はどうも繊細さにかけるようで……自分で淹れるより、淹れて頂いた方が美味しそうです」
「恐縮でございます」
 白磁のカップに注がれていく赤味の向こうに、見慣れてしまった……だが、今一番見たくない存在の姿を認識してしまったのは、唾棄すべき汚点だ。
「乙女の園に乱入しないでくださいます? この変態」
「面白い趣向ではないか」
 紅茶を注ぐ彼女の手前、普段どおり雑巾を投げつけるのは無粋というもの。疼く右手を押さえながら給仕をする彼女を見上げると、端麗な顔が更に硬質なものと化していた。
 改めてメルクリウスの人気のなさに内心舌を出し、座ったまま動かぬ水銀に侮蔑の視線を投げつける。
「貴方にとって面白いことは他におありでしょう。こんな所で油を売っている場合じゃないのでは」
「これはこれは、手厳しい」
「思ってもいないことを口に出さないで下さい。貴方が喋る度に飾った花が枯れてしまいそうだわ」
 折角彼女が持ってきてくれた薔薇だというのに。
 美しかった花々が一気に色褪せた感じを受け、腹の底に溜まった感情をため息に乗せて吐き出した。メルクリウスが一度興味を持ったものにとことん関わるのは理解している。だが、よりにもよって今でなくとも――。
 そこまで考え、眼前の男は他人の邪魔をすることを生き甲斐にしているような最低の存在だったと今更ながらに思いだした。
「奏者から目を離すと、思わぬミスが発覚するかもしれませんよ」
「構わぬ」
「完璧主義者かと思ってましたけど、違うんですか? メルクリウス」
 予想外の答えに目を瞬かせれば、私の反応が面白いとばかりにメルクリウスは口元を吊り上げる。
「輪を外れるものがあれば、願ったりといえよう」
 自分を楽しませる存在を求める変質者に何を言っても無駄だと分かっているが、折角築き上げたささやかな絆に水を差して欲しくない。いっそ花瓶を投げつけてやろうかとも考えたが、活けられた花のことを考えるとメルクリウス如きのせいで命を絶ってしまうのは申し訳無い気がする。
 今は我慢の時だと渦巻く感情を消化し、あからさまにこちらを観察し続ける視線を遮るよう芳醇な香りを立ち上らせる紅茶を口に含む。
 どうだ、羨ましいだろう。美人な人に淹れて貰った紅茶は普段の数倍以上の美味しさで喉を潤す。
「ねぇ、いつまで座ってるつもりなんです? 指揮者なら指揮者らしく、地軸が揺らがぬよう上に立ってくるくる回っているのがお似合いなのではないですか」
 辛辣な言葉の羅列に傍らに立つ彼女が息を呑んだ気配がしたが、メルクリウス相手に同情や手加減は必要無い。どうせ全てが既知だと言い切るような男だ。彼が求める異分子を演じきってみせるのもまた一興。
「さ、分かったなら早く立ち去ってくださいな」
「君に指図される覚えはないが」
「いいじゃないですか。それに指図じゃなくて、お願いです。分かります? 私が貴方に速攻立ち退けとお願いしているんです」
「フルト様」
 私とメルクリウスの会話に入ってこなかった彼女が何を考えていたのかは分からない。ただ、纏う雰囲気から推察するに私にとって有益な発言のようだ。
「私も、同意致します」
 紡がれた音に笑みを浮かべ、胡散臭い表情を張り付けているメルクリウスに向き直る。
「これで二対一です。ささ、敗者は敗者らしく退場なさって下さいな。一応出口はあちらですが、傍を通られるのは嫌なので消えてくださって構いませんよ」
 互いに作り物の笑みを張り付け、温度の低い言葉を交わす私とメルクリウス。そして、そんな私達を何処か諦めたような視線で見守る彼女。
 今日も、グラズへイムは平和です。
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