その恋は祈りに似ている

「思うのだけれど」
 いつからか対面に座していた存在に紅茶を掻き混ぜていたスプーンの先を向け、向けるべきは非難の言葉。
「満足気に小瓶を眺めてるの……本気で気持ち悪いですよ、メルクリウス」
「君には分かるまい」
「分かりたいとも思いませんけれど」
 一気に咥内の苦みが増した気がし、卓上に置かれていた可愛らしいポットから砂糖をひとつまみ。深みのある赤に溶けていく白を眺めながら、眼前の存在に視線を移せば未だ謎の小瓶をうっとり眺めていて辟易した。
「折角持ってきてもらったのに……嫌がらせ? 私に嫌がらせしてるんです? ねぇ、そうなんですかメルクリウス。だったら今すぐ消えて下さい、死んで下さい。私のティータイムを邪魔する権利は貴方に無いはずです。ちなみに権利を主張するなら今すぐ奪い取りますからそのおつもりで」
 一息に言い切る私の声を聞いているのかいないのか、ちらりとこちらを一瞥しメルクリウスは再び件の小瓶を眺める作業に戻る。何の変哲もない小瓶の中に入っているのは、何処かの砂のようだ。瓶の中にありながらもキラキラ光る様は綺麗だとは思うが、変質的な視線で愛でるものでは断じてないと思う。
「一つ聞いても?」
 私の問いに視線だけで先を促すメルクリウスを確認し、砂糖の塊が残ったままの紅茶に口を付ける。予想以上の甘ったるさが咥内に広がり脳を刺激するが、話の通じぬ輩と対話をするにはこれくらいの刺激があったほうがいい。
「それは、止まった世界の産物なんです?」
「……ほう」
 何故知っていると語りかける視線を曖昧に流し、ざらざらとした感触を伝える砂糖を口の中で噛み砕く。
「ハイドリヒ卿が話してましたよ、貴方は一人の女に懸想してるって」
「否定はせぬよ」
「貴方の感情は貴方のものだし、部外者たる私に語るべき資格もないと存じてはいますが」
 胡散臭さが大手を振って歩いているような男がたった一人の女を追いかけているというのは、恐怖を煽る光景であると共に微笑ましいと思ってしまうあたり私も終わっている。
「祈ってるみたいですよね」
 唯一の存在に対してのみ真摯の情を向け、その他大勢はどうでもいいと切り捨てる感情はある種敬虔な神の僕を連想させる。様々な仮面を使い分け、自らが望む未来へと誘導している存在が認めた不可侵の領域。
 誰にも触れられぬ神聖を請い紡ぐ音は、恋という名の祈りに他ならない。
「君に私と彼女の関係が分かるはずなかろう」
「分かりたくもない、ってさっき言いましたよね? 念を押されなくたってちゃんと聞こえてましたよ」
 愛でていた小瓶を仕舞う様は宝物を隠す子供の仕草に似ていると、咥内に残る砂糖の残滓に舌を這わしながら考える。無理を言ってハイドリヒ卿付のメイドさんに給仕をお願いしたのに、我ながら酷い飲み方だと内心で謝罪しつつ、全ては眼前の男が悪いのだと責任転嫁しておいた。
「いいじゃないですか、見た目にそぐわない純朴な感情を有していたって笑いませんよ。ええ、貴方の前では笑いませんとも」
「貶められているような感覚を受けるのは何故かな」
「さぁ? 被害妄想というやつなのでは」
 砂糖の残る空のティーカップに新たな紅茶を注ぎながら、ふわふわ舞う白い残滓をぼんやり見つめていると、私の名を呼ぶ声が耳朶に滑り込み現実へと引き戻す。
 まったくもって間を読まぬ無粋な人だと怪訝な瞳を向ければ、値踏みするような視線が注がれていることに気付いた。
「君はどうなのだ、ミラ」
「なにがです?」
「理由があるから、此処にいるのだろう」
 からかうような口調から読み取れるのはごく僅かな感情のみで、それすら引っかけ問題の一つだと語る視線が正解を弾き出せと回答を求めてくる。
「私のことを気に掛けてくれるんです? 一応喜んでおいたほうがいいんですよね」
 口を閉ざしたメルクリウスに告げるべき言葉は何にすべきか。彼が私に対し他者とは違う感情を向けているのは知っている。だが、それは好意的なものではなく、自らが知らぬ異分子を観察し解明したいという研究者のそれだ。
 だから、メルクリウスの無言の問いも考慮した上で私が言うべきことは決まっている。
「もっと友好度を上げてから出直してきてくださいな、この蛇野郎」
 言って微笑めば無機質な瞳が細められ、ざまあみろと私は心の中で勝利宣言を掲げた。
 他の誰かと同じような感情は欲しくない。どうせくれるなら、替えの効かぬ唯一無二を。
 口に出さぬ本音を胸の中で呟いて、私は動きの止まったメルクリウスに向かい本日一発目の雑巾を投げつけた。
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