すぐに答えを知りたがるのは君の悪い癖だ

 いつものようにお茶を嗜んでいたら、これまたいつものように影のような男が対面に座していた。
他者の話によるとメルクリウスはある日を境にグラズヘイムから消えたと言うが、ならば今目の前に座っている男は何者なのだろうかと頭を捻る。
 私自身好き勝手ふらふらしている身であるからメルクリウスのことをとやかく言えた義理ではないが、それでも越えてはならぬ一線は守っているつもりだ。
 まぁ、この世の全ては己の物と言い切るジャイアニズムを発言させている輩に何を言っても暖簾に腕押しだが、避けて通れぬ疑問として残るのは何故メルクリウスは私の前に現れるのかということ。
 まさか雑巾を投げつけられたいという渇望があるわけでもあるまいし、本気でそのような考えを持っているとしたら正直ドン引きものである。
 私がメルクリウスに対して雑巾を投げつけるのは純粋に彼の顔が怒りを増長させるものであり、見ていると気分を害するからだ。いつか使用済みの雑巾で白い顔を汚してやりたいと思っているが、顔面ヒットしたところでメルクリウスの表情は変わらないのだろう。
「君は良く此処にいるな」
「ええ、過ごしやすくて気に入ってますから」
 自分で適当に淹れた紅茶は渋みが強く、お世辞でも美味しいとは言い難い。こんな時彼女が居ればと思わなくもないが、元来ハイドリヒ卿付である彼女を借りる方が間違いなのだ。
 異端は異端らしく独りでこそこそしているのがお似合いなのである。
「前から気になってたんですけど、貴方今何歳なんです?」
 私の問いに表情一つ変えず逆に「何故そのようなことを気に掛ける」とメルクリウスは疑問に疑問をぶつけてくる。
「聞いた話では昔から姿が変わっていないのでしょう?」
「君は一辺倒の言い分のみで解答を出すのかね」
「貴方とハイドリヒ卿は近くて遠い場所に在る。となれば、黄金の獣を唆したのが水銀の蛇だと考える方が妥当なのではなくて?」
「ほう……では年齢との関係性はいかように説明を付ける気なのだ」
「簡単なことですよ。年寄りが若者に都合の良いことばかり吹き込むのはありふれた事実だわ」
 言い切って苦いお茶を飲み込み、渋みを噛みしめる。
 そんな私の表情をどこか面白そうに観察しながらも、眼前の男が立ち去る気配はない。
 実際問題メルクリウスが何歳であろうと興味はないが、本命と呼べる話題を振る前哨戦としてはなかなかのものであった。
「もう一つ聞きたいことがあるのだけど、いいかしら」
「…………」
 無言を肯定と受け取り、音を立てぬようカップをソーサーに戻してテーブルの上で両肘を付く。
「メルクリウス、貴方着てないわよね」
「言いたいことが分からぬな」
「こんなに直接的に言っているのに?」
 影のようなぼろ布からくっきりと浮き出た鎖骨。どう贔屓目に見てもインナーを着ているとは思えない。
 変態は変態らしさを貫き通す為に全裸であるとでもいうのだろうか。女顔であっても性別上は男性に分類されるであろうメルクリウス。上はいいとして、気になるのは下を履いているかどうかだ。
「ちょっと腕上げて見せてくださいよ」
「君に従う理由はないが」
「やっぱり着ていないのでしょう?」
「何故拘る」
「あら、当然じゃないですか。一緒に話している人が全裸に布一枚の変態だなんて、普通に考えて嫌ですもの」
 自らが保有しているスキルを有効活用するのはいいが、人間の形を模すにあたって最低限の常識は犯さないで欲しい。彼が特別な感情を捧げ続ける彼女の為にも、是非ごく一般的な常識を有していて欲しいと願ってしまうのは当然のことだろう。
「で、どうなんです?」
「すぐに答えを知りたがるのは君の悪い癖だな」
 続けざまに紡いだ音に返ってくるのはこちらを批難するような台詞。
「あら、それは貴方にも言えることなのではなくて? 乙女の秘密を暴こうだなんて、とても悪い癖だわ」
 普段の会話を思い出し告げると、クツクツとメルクリウスが喉を鳴らす。
「君は実に興味深い素材だ、ミラ」
「お気に召していただけちゃったんです?」
「あぁ……愉快、実に愉快だ。臆することなく立ち向かってくる姿といい、既知の括りに無理矢理自らを押し込んでいるような滑稽さが、実に面白いと――そう、思うよ」
 全てを見通すような両目を眇め、値踏みするよう向けられる視線は居心地が悪い。
 私に興味を示したところで面白いことは何もないと教えてやりたいが、どうせメルクリウスは人の言い分に耳を貸さないだろう。だったら、こちらとしても突っ掛かるだけ労力の無駄というもの。
「私からも一つ聞きたいのだがね、何故君は雑巾を投げつけてくる」
「ああ、そんなことですか」
 普段とは違う新品の雑巾を指先の上でくるくると回し、重力と共に膝に落下したのを確認し口を開く。
「使用済みの掃除用具って、精神的ダメージ大きくありません? それに雑巾なら最高に上手く事が進んだって窒息死程度でしょう? 穏便でいいじゃないですか」
「…………」
「あ、なんですかその聞かなきゃ良かったみたいな、若干後悔してます的な表情」
 元々何処を見ているのか分からない虚ろな瞳だが、あからさまに反らされると良い気分はしない。衣服の件に関しても上手いことはぐらかされてしまったし、今の会話に対する報復も含め、いつかあのぼろ布を捲ってやろうと心に決めた。
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