全ては静かな夜の出来事

「私こう見えて意外とロマンチストなんですよ」
 ふらりと現れた某占術師を彷彿させる女は、開口一番理解し難い言葉を投げつけた。
「何用だ」
「特に用はないですけれど……強いて言えばなんとなく、ですかね?」
「卿は暇を持て余していると見える」
「あら、分かってくださいます?」
 こちらの嫌みもどこ吹く風。鈴を転がすように笑う女に媚びるという雰囲気はなく、むしろ子供を相手にするかのような柔和さを全面に押し出してくるから居心地が悪い。
「お疲れのゲシュタポ長官殿に差し入れでもと思いまして」
「以前も言ったが、駄菓子は好かぬ」
「ええ、存じておりますよ。ですから、これは私の為のお菓子です」
「…………」
 人間理解の範疇を越えた存在を前にすると、本能が逃避を訴えてくる。今すぐ部外者を執務室から追い出したい気分を押しとどめながら、執務室に現れた女の真意を問うことにした。
「では、卿は何のために此処にいるのか」
「待ち伏せ?」
「待ち伏せだと?」
 肩から掛けた深紅の軍服を翻し、入り口のドアを見つめながら考え込む女。
 纏う色彩も雰囲気もまるで異なるのに、脳裏に浮かぶ薄笑いを貼り付けた男と眼前の女の姿が重なるのはどういうことなのか。
 何気なく向けた視線の先にある壁掛け時計の短針は十二の数字を指し周囲の静けさを増長するのに、異質な女が一人いるだけで華やぐ空気に疲れを感じる。
 淡々と続くモノクロ世界を破壊するような存在はつまはじきの対象だというのに本人が気にする素振りはなく、むしろ色無く続くものを壊したがっているようにも見える。
 厄介だ。このような日常を乱す存在に関わるべきではない。
「私は忙しい」
 ゆえに、卿の相手をすることは出来ぬ。続くはずだった言葉はノックの音に掻き消され、部屋の主である己が返答を向ける前に華やかな女が足取り軽く重みのある扉を押し開けた。
「おや、こんな所にいたのかね」
「遅いお出ましね、カール・クラフト」
「君が中将閣下の元にいるなど思いもせぬよ」
 聞き慣れた、聞きたくない声を耳にし、つい眉間に力が入るのは当然だろう。
 何故このような静かな夜に予定外の訪問者を二名も迎え入れねばならぬのか。
「……卿らは知り合いか」
 何気なく零れ出た問いに二組の視線がこちらを捉える。
「一応知り合いなるのかしら?」
「さて、どうであろうな」
 はっきりしない当事者達を前にし、不快感に似た感情が迫り上がってくるのを理性で押し留めながらも、胸中に広がる空虚感に重い息を吐き出した。
「目的が達成されたのならば、行動に移したらどうだ」
 言外に出て行けと告げる私に対し、女はおどけたように肩を竦め、痩躯の男は楽しげな視線で女を一瞥する。
 厄介とはきっと彼等を指す単語に違いない。
 出来ることならすぐにでも退場願いたい存在を前にし、来客用のテーブルの上に置かれていた小箱を指さし言う。
「私を巻き込むな」
 腹の底から吐き出した短い単語に、良く似た男女が揃いの笑みを貼り付けた。
*<<>>
BookTop
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -