カミサマLady

 前触れもなく現れた派手な色彩に思わず足を止める。
 文字通り突如出現した人物は、出来ることならあまり関わりたくないと本能的に思ってしまう存在だ。
 苦手というわけではないが、距離を置きたい。似ても似つかないのに影法師を彷彿させる笑みが、彼女に好感を抱くことの出来ない原因なのだろうと仮説を立てると、それは正しいものであるような気がした。
「あら、蓮君じゃない。どうしたの、ぼーっと突っ立って」
 アンタがいるから、とは言えない。
 なんとなく言ってはいけないような気がすると警告を促した本能に従い、考え事をしていたという曖昧かつ便利な言葉で場を濁すことに成功した。
「アイツは一緒じゃないのか?」
「メルクリウスなら今頃北半球の何処かを彷徨いてるんじゃないかしら」
 常に共に在ると思った存在が、別行動をしているという事実は妙に面白く感じる。
 なんにせよ苛立ちを助長させる影のような男が近くに居ないのは幸いだと一息つきながら、眼前の女が片割れと離れてまで日本の地を訪れた理由が知りたいと思った。
「アンタは何の用で?」
「アンタじゃなくて、ミラね、ミラ。人の名前はちゃんと覚えるべきよ、蓮君。今回ばかりは見逃してあげるけど、次にアンタ呼ばわりしたら雑巾の餌食にしちゃうんだからね」
 同じ顔だし、と笑いながら言う女に薄ら寒いものを感じながら、今一度同じ問いかけを口にした。
「なぁに、そんなに知りたいの? まぁ隠すことでもないからいいけどね。おでんを食べに来たのよ!」
「……は?」
「おでんよ、おーでーん。この時期にはやっぱりおでんよねー! コンビニのもいいけど赤提灯のある屋台で食べるのがまた絶品で!」
 東洋的な服装を身に纏っているが、彼女は日本人ではなかったはずだ。
 むしろアノ男と行動を共にしていたことから推測するに、ヨーロッパ方面の出自である可能性が高いような気がする。
 憶測の積み重ねで構築される人物像が段々と意味不明なものへ変化していくが、知ったことではない。
 黄昏の女神は未だ幼く、変態男と同類と思われる彼女を近寄らせるのは得策ではない。遠ざけることが出来るならば、自分がすべきことは決まりきっていると握った拳に力を入れ、背筋に走る緊張感を悟られないよう慎重に言葉を紡いだ。
「おでんなら、ガード下の店が美味しいって聞いたけど」
「あら、これは有力情報」
 アーモンド型の瞳を眇め、嬉しそうに彼女は口角を上げる。
 その表情がまたアノ男を彷彿させ、歪みそうになる表情を必死で取り繕った。
「なぁ、その、さ……」
「口ごもっちゃってどうしたの。寒いなら缶ジュースでも買ってきましょうか?」
「缶ジュースは冷たいだろ」
 思わずツッコミをいれてしまったのは失敗だったと後悔しながら、深いスリットから覗く女の足に視線を移す。
 コートにマフラーという完全防備が要求される季節であるのに、彼女の服装は薄着にもほどがある。寒くないのだろうかと顔色を窺うが透き通った肌に差す赤みは健康そのもので、温度というものを感じないのかと不思議になってしまった。
「寒くないのか?」
「見た目ほど寒くはないわよ? ナイロンの裏地付いてるし、意外と風遠さないのよねー。あ、でも風が吹くとちょっとは寒いかな」
 チャイナ服に保温性の望めないケープを肩から掛け、少しだけ寒いと現在の気温を表する彼女は、やはり変人に違いない。
「でも寒い方がおでんがより美味しく食べれるわよね。あー早く夕方にならないかな」
 未だ頭上にある太陽が彼女の言葉で傾き出しそうな錯覚に陥り、慌てて周囲に気を配るが人気のない道ばたに伸びる影は動かなかった。
「というか、さっきから面白いことばかり聞いてくるけど……蓮君興味でもあるの?」
「興味……というよりも、疑問を解消したいとは思う、かな」
「例えばどんな?」
「アン……ミラはアイツに雑巾投げつけてるだろ? あれってさ……その、持ち歩いてるのか?」
 咄嗟に出た質問にしては馬鹿げているが良くできていると自画自賛し、前々から気になっていた謎の一角に答えがもたらされるのをじっと待つ。
「あれは聖遺物だから持ち歩いてるわけじゃないわよ」
「え?」
「ん、聞こえなかった? 聖遺物だから実際に持ち歩いてる訳じゃ……」
「聞こえたけど、待ってくれ……。雑巾が聖遺物?」
「あらあら、雑巾馬鹿にしちゃ駄目よ蓮君! あれには古今東西ありとあらゆる人物が掃除という行為にかける熱くも切ない想いが沢山詰まってるんだから!」
 わざとらしい握り拳を胸元で作り、熱意の感じぬ胡散臭い眼差しで遠くを見ながら語る人物の、何を信じれば良いというのだろうか。
「で、実際は?」
「雑巾が顔に当たったら嫌だろうなと思ったから」
 あっさりとネタバレを披露した彼女に告げるべき言葉が見つからない。
「モップとかでも良かったんだけど、柄が付いてるとはいえ近づきたくないじゃない? その点雑巾なら投げつければ済むし経済的よね!」
 何が経済的なのかさっぱり分からないが、彼女が良いというならば良いのだろう。
 ああ、やはり近づくべきではなかった。
 己の中に存在する彼女との関わりが、胸の奥でざわめくのを感じながら後悔の念を抱く。
「どうしたの蓮君。なんだか顔が強張ってるわよ。ほーら、造形は良いんだからもっと笑顔笑顔、ね?」
 決して近づこうとはせず一定の距離を保ったまま、自らの頬を左右に引っ張り変な顔を作ってみせる女。
 影法師のようなアノ男とも、黄昏の女神とも違うモノであるのに。
「笑う門には福来たる、よ」
 ただ、なんとなく。
 カミサマというヤツは、本来こんな風に性格が悪くて総てを楽しいと笑い飛ばす存在なのではないかと、そう思った。
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