夢の末路を辿る

 折角古い街に来ているので、旧友……もとい、切っても切れぬ縁を持つ彼に会いに行ってみようと思った。
 戦禍の広がる街角に陽気な声はなく、ゴーストタウンに似た静けさが周囲を支配する。何処からか聞こえてくる火花の爆ぜる音が殺伐さに拍車を掛けていて、焼けた風の匂いに肩をすくめた。
「戦争ねぇ」
 古来より争うことにより発展を続けてきた人類。否定する気はさらさらないが、もう少し上手くやれなかったのかと考えてしまうのは仕方ないことだろう。
「他人の事に口出しする気なんてさらさら無いけれど、これも趣味だと言い切るなら始末に負えないわ。ねぇ、そうは思わない?」
 カール・クラフト。
 振り向きながら一つの名を口にすれば、常よりくっきりとした輪郭を有した男が胡乱な笑みを浮かべる。
「君とは何処かで会ったことがあったかな?」
「一応初めましてだと思うわ」
「なるほど」
 服が汚れるのを気にせず手近なベンチに腰を掛けると、反動で積もっていた灰が舞い上がる。
「立ち話もなんだし、掛けては如何?」
「汚れた場所にわざわざ座れと?」
「汚れなんて気にするような性格じゃないでしょ」
「然り。君は私の事を良く知る人物のようだ」
 探り合いの会話に意味はなく、分かり切っていることを遠回しに確認しているだけ。
 互いに面倒な性格だと思わなくもないが、いくら否定したところで元が同じなのだから仕方がない。
 人気のない街中で汚れたベンチに座る男女。違和感が拭えない組合せだが生憎と奇異な光景を目にした者はおらず、ただ其処にある者として時間は処理を続けていく。
「一応問うておかねばなるまい。君は何が目当てで此処にいる」
 隣から掛けられた声にゆっくりと首を回し、黒衣の男を確認する。
 藍鉄色の髪は黒みを帯びており、緑青を思わせる瞳も同様に黒い。
「今は未だ、人を模しているの?」
「さて、なんのことか」
 黒で統一された中で唯一自己主張をする黄色いリボンが可愛らしい。以前メルクリウスの髪を結い上げた時のことを思い出し口元を緩めると、既知を察してかカール・クラフトは能面のような顔に落胆の色を浮かべた。
「ねぇ、メ……カール」
 彼が人を模すというならば、私もそれに習おう。
「なにかな」
「さっき私の目当てが何かと聞いたけど」
 針の穴ほどの疲労を滲ませた彼が隣にいるから。
「目的は、多分これだわ」
 揺れるインバネスを引っ張り、自分の方へと痩躯を引き倒す。
「……君は何がしたいのか」
「見たままよ」
 膝の上に広がる黒髪を片手で掬い、スリットから出た生足に触れぬようどかしていく。
「理解に苦しむと言われたことは?」
「さぁ? 細かいことはいいじゃない、頑張っているのだから少しくらい休憩しなさいよ」
「それが、これかね」
「そうよ。あら、それとも私の膝枕はお気に召さないかしら」
 太すぎず細すぎず適度な肉付きだと自負しているが、寝心地とは直結しないのかもしれない。
「…………」
 無言のメルクリウスを見下ろしながら考える。女神を脅かす因子を徹底的に排除しにかかる水星。その労力がどれほどのものか推測もままならないが、私は私に出来ることをしたいと思う。
 以前よりも格段に早い時期に目覚めたことに、必ず意味はあるはずなのだから。
「お疲れ様」
 絹糸のような黒髪をやんわり梳けば、苦笑に似た息を漏らしメルクリウスの両目が細められる。
「あぁ……少しばかり、疲れたな」
 そうして、小さな呟きと共に閉じられていく花緑青を見下ろしながら、私は小さな満足感を堪能すべく何度も彼の髪を梳いた。
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