死にぞこないとネオンサイン

 半世紀経っても変わらぬ屋上で果たされた奇蹟の邂逅。
 が、いつの世も不幸は突然やってくる。感動の再会に水を差すよう現れた既知に蓮は盛大に顔を歪め、黄昏の女神を腕の内に匿った。
「……何しに来たんだよ、アンタら」
「随分な言い方ね、蓮君」
 見ている方が寒くなるような白地に菊の花が施されたチャイナドレスを身に纏った女性と、対称的な色合いに身を包む痩身の男性。
 同じ顔を前にし苦虫を噛みつぶしたような顔になる蓮に構うことなく、女性は軽い足取りで踵をならしながら蓮の腕の中にいる女神に視線を合わせる。
「こういう場合は、お久しぶりでいいのよね? 元気だった? マリィちゃん」
「ミラ?」
「ええ」
 蓮の腕から抜け出てきた小さな体を抱きしめれば、吹き抜ける風と同じ香りがしてミラは頬を緩めた。全てに等しい愛情を注ぎ、両の腕で抱きしめる女神にはやはり黄昏色が似合うと再認識しつつ、無表情の下に苛立ちを隠した蓮へと視線を向ける。
「羨ましいでしょ」
「……ぐっ」
 頬擦りされ楽し気な声を上げるマリィと、柔らかさを堪能し御満悦モードのミラ。そんな女性二人を形容し難い瞳で見下ろす男性二人。勝ち組と負け組の縮小図に負け戦の頭領であるメルクリウスは、胡乱な視線を向け女神に対する愛情を言葉に表す。
「それ、止めろよ。変態くさい」
「変態みたいじゃなくて、メルクリウスはれっきとした変態なのよ」
「酷い言われようだとは思わないかね、マルグリット」
「うん……? いつもどおりだと、思うよ?」
 女神から回答を得たことに満足したのか、無機質な両目を眇めメルクリウスは瞼を伏せた。
「なぁ」
 黒いボロ布ではないインバネスに身を包んだメルクリウスに向き直り、蓮は彼等が現れた時から疑問に思っていたことを口にする。
「アンタ、なんでそんな面白い髪になってるんだよ」
 黒で統一された存在の中で一際目を引く黄色は、メルクリウスのうざったらしい髪の毛を均等に分け、黄金比とも思える正確さで編まれた三つ編みの先を彩っていた。
「先駆者として告げておこう。結末の変わらぬ論争ほど無駄なものはない」
「その結果って訳か?」
「左様」
 二人の間を木枯らしが音を立て吹き抜ける。
 いつの世も女性に分類される人種は強いものだ。黄昏の女神然り、日常を照らす太陽然り、蛇の片割れ然り。
「……ほんと、もう帰れよアンタら。用事なんか無いんだろ」
「せっかちな男は嫌われるわよ?」
 広い屋上で言葉を交わす異質な二組の男女。
 付き合い切れないと肩を落とす蓮とは裏腹に、メルクリウスとミラは良く似た笑みを口元に浮かべ互いに顔を見合わせる。
「しょうがないから、蓮君に返してあげるわ」
「元々俺のだよ!」
「あらあら、嫉妬心が強いこと。誰かさんとは大違いね」
 鈴を転がしたような笑い声を響かせ、蓮の元へと戻るマリィを見つめるミラ。
 暗闇に浮かぶネオンサインのように、幽鬼のような存在を照らし確立させる白い女。計算されたような正反対の行動は、逆しまの世界を模す鏡のようだと蓮は考える。
「マリィちゃん、うちの蓮君をよろしくね」
「……なんでアンタによろしくされなきゃならないんだよ」
「あら、だって蓮君はメルクリウスの息子って位置づけになっているのでしょ? だったら、私の息子も同然じゃない」
「……勘弁してくれ」
 冗談にしてはタチが悪すぎると顔を顰める蓮に対し、親と称されたメルクリウスは他人面を貫き通す。
「えー、なにその態度。反抗期? これが噂の反抗期というやつなの? ねぇ、どうなのメルクリウス。貴方育て方間違ったのではないの?」
「俺はソイツに育てられた覚えなんかない」
「放任主義といやつ? 最低ね」
「…………」
 口を挟むのも面倒だと傍観を決め込む男には何を告げても暖簾に腕押し。突っ掛かるのも面倒だと言葉の代わりに雑巾を投げつければ、慣れた動作でもってメルクリウスはミラの攻撃を回避する。
 結局あの時の一撃以来、メルクリウスに精神ダメージを与える行動は成功していない。録画しておけなかったのが実に残念だと悔やみつつ、今一度同じ光景を見れるのならばその為だけに回帰しても良いとすらミラは思う。
「とっとと帰れよ、死に損ない」
「口の悪さは誰似なのかしら?」
 創造主であるメルクリウスか、魂の核となった同じ音を持つ存在か。
 どちらにせよタイムオーバーだとミラは両手を上げ、降参の意を示す。
「敗将は撤退せよ。ですって、メルクリウス」
「そのようだな」
 警戒心の強い子犬のように無言の唸りを上げる蓮と、そんな彼を珍しそうに見つめるマリィ。
 満足だと、どちらともなく思う。願いの果てに引き寄せた結末。脆くもあり完璧である理想郷が永久に続くことを強く願う。
「ねぇ、メルクリウス。会いに行きましょうよ」
 立ち去れと告げられたからではない。純粋に「興味」が沸いたのだ。女神が治める世界に再び命を吹き込まれた、愛しい黄金達の現実に。
「無粋な真似は控えるのではなかったかな」
「あら、無粋なんかじゃないわ。だって、私達には権利があるもの」
「ほう、権利」
 人を小馬鹿にした笑みを湛え復唱するメルクリウスに、ミラは今一度権利という単語を全面に据える。そう、これは紛れもない権利なのだ。放逐された影達に贈られた、唯一無二の権利。
「この私に教示していただけるかな、我が片割れよ」
 胡散臭い笑みと言い回しでメルクリウスが問えば、ミラは裏のない表情と真っ直ぐな言葉で答えを返す。
「愉しませてもらって、良いのでしょう?」
「今のところ、私も死にたいなどとは思っておらぬからな」
「……アンタ達の回りくどい言い回しを聞かされる身にもなってくれ。てか権利ってなんだよ、勝手に捏造してんじゃないだろうな」
「それこそ心外だわ、蓮君。ちゃんとここにあるもの」
 自らの胸を差し、水銀の蛇と共存するとは思えぬ温もりある音をミラは奏でる。
「幸せになれる権利が、ね」
 ふわりと笑う仕草に春の景色を幻視し、蓮は瞬きを繰り返す。そうして何度目かの瞬きの後、忽然と消え去った影達を見送って苦笑に似た息を吐き出した。
「ったく、厄介な奴等だ」
 自分達が存在する限り、終わりなき存在もまた存在し続けるのであろう。
 いつか廻り巡って時が重なったならば、その時は――。少しだけ、素直になってみるのもいいかもしれない。未だ小さな女神の手を握りながら蓮は思い、黄昏の屋上を後にした。
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