様々な花が賑わう庭の片隅でこっそり息抜きをしていたら、珍しい人物に遭遇した。
「曹丕……さま」
「……白蓮か」
 サボりとはイイ身分だと、視線で批難してくる曹丕に答える代わりに欠伸を漏らす。
「いい天気ですよ、今日」
 自分のサボりを正当化しようと単語を綴れば、鼻で一笑された。分かってはいるけれど、どうもこのご子息様は他人に対する態度がなっていないと思う。まぁ曹操様の息子という時点でアレかもしれないが……。
「一段落ついたのか」
「お陰様で、泥のように眠ってますよ」
 連日に及ぶ戦略会議に雑用係として奔走していたのも一段落つき、上司である郭嘉と私は開店休業とばかりにお休みを頂いた。こういうとき権威のある上司を持つと楽だと思う。
「郭嘉の守も休みということか」
 回廊から庭へ降り立つ曹丕を珍しいと眺めながら、向けられた嫌味を笑みで流す。
「郭軍祭酒は少し栄養を与えた方が、効率が上がるんですよ」
 様々な意味合いを含めた物言いをすれば曹丕の口元が笑みの形に歪む。
「拗ねているのか?」
「まさか」
 屈んでいた腰を伸ばして横に立つ曹丕を見上げる。どこか冷たい気配のする表情は、郭嘉と似通っているものがあると思う。
「白蓮よ、ここには私とお前しかおらぬ」
「……そうね」
 途端変わる空気に微笑を浮かべ口調を砕けたものへと変化させれば、曹丕が満足気に口元を引き上げた。ごく一部の人しか知らないようだが、曹丕と私はかなり仲が良い。出会った時期こそ遅めだが、過ごした時間は彼の父親である曹操よりも長いし、なにより馬が合うのだ。
「曹丕こそこんな所で油売ってて良いわけ?」
「構わぬ」
 彼の一言で泣く人が沢山いるのを理解しているから、素直に喜べない。十中八九一番被害を被るのは司馬懿だと思うけれど……。まぁ彼ならばいいかと隣に立った曹丕を木陰の下まで誘導した。
「なんかさー。こう天気がいいと戦争準備期間って事忘れちゃいそう」
「雑魚を狩るだけだ」
「雑魚とか言わないの」
 ペチリと曹丕の端正な頬に片手を当てれば、気分を害した様子もなく少しだけほっとした。いくら仲が良いといってもやはり身分の差というものは存在する。それに、私達が仲良くしているのを良く思わない人達も多い。いつかケジメを付けねばと思いつつ、ずるずると今日迄きてしまったが……本日もやはり一線を引くことは出来なさそうだ。
「お前はいつまでその立場に収まっているつもりだ」
「うん?」
 腰を下ろし木にもたれかかり、青い空を眺める。平凡な日常こそが最高の贅沢だと、目を細める私を覗き込む曹丕。
「いつまでーって言われてもなぁ」
 考えたこともないと素直な感想を口にすると、横から聞こえてくるのは聞き慣れた嘲笑。
「隠しているわけではあるまい」
「まぁ、そうなんだけど」
 聞かれないから言わないだけで、隠しているつもりは毛頭無い。
「でもなんか、知れたら知れたで面倒な事になりそうじゃない?」
「郭嘉の養女という事がか」
「うん」
 上司と部下である前に、私と郭嘉は親子関係にあたる。郭嘉という存在を父として見たことは一度もないが、周囲に言いふらすことでもないと郭嘉も私も公言はしなかった。
「避けられる火の粉には触れないに限るからねぇ」
 女遊びが派手な郭嘉のこと。部下という立場が浸透している今ですら厄介なのに、養女だとばれたら更に面倒そうだと立てた膝に額を付ける。
「仮にも親子って気になれなくてさ。上司と部下っていう方がしっくりくるくらい」
 二人して宮中に住んでいる状態だから、宮外の屋敷に戻ることは月に数える程度しかない。主人不在の屋敷が荒れないようにと空気の入れ換えに行くくらいですぐ戻ってきてしまうから、二人きりで過ごすという時間は皆無に等しい。
「不満はないのか」
「それを曹丕が聞くの?」
 珍しい事を耳にしたと顔をあげれば、案の定憮然とした表情で曹丕は私の頭を押さえ、自分の視線と交わらないように押さえつけた。再び戻った膝の上で、口元を緩ませる。ああ、やっぱり今日は良い日だ。
「不満なんて、溜まりまくりだよ。苦情とかに関しては尻ぬぐいする義理もないから放置してるけどさ。たまには……一緒に出かけたい、とかは……思うかな」
 常に引きこもりがちな郭嘉を外に連れ出したいと思うのは、空気の悪さから不健康な彼が体調を崩してしまうのではないかと不安になるから。
「ああ見えて、すっごい頑張ってる人だから」
 素行の悪さが目立つ郭嘉だが、その裏でやるべきことはきっちりこなしているのを知っている。
「本当は今日なら、って思ってたんだけど」
 郭嘉の寝起きが悪いのはいつものことだが、あまりに熟睡しているものだから自分の都合で起こすのが申し訳ないと室を後にしてきた。
「ねぇ、曹丕」
「なんだ」
 頭に曹丕の手を乗せたまま、重力に逆らうように頤を上げる。自然肩に落ちてきた曹丕の手を横目で確認し、視界いっぱいに青く染まる空を映した。
「いいてんき、だね」
 丁度良い位置にあった肩に頭をもたれさせゆっくりと瞼を下ろす。
「そうだな」
 肩から伝わる振動は心地良い。今更ながらに連日の激務で疲れていたのは自分も同じなのだと再確認し、退かされないのをいいことに意識を微睡ませた。



「あら」
 珍しい光景だと甄姫は歩みを止めた。
「どうかなさいまし……おや」
 甄姫につられるように立ち止まった張遼も、視界に映る光景が信じがたいと瞬きを数度。
「これはこれは」
「妬けますわね」
 優雅に片手を口元に当てる甄姫に、負の感情は見当たらない。むしろ我が子を見守るような温かみを持って木陰の下で眠る二人を見つめている。
「お二人は仲が良かったのですな」
「気が合うそうですよ」
「ほう」
 郭嘉付きの文官である白蓮と 、曹操の嫡子である曹丕。二人の関連性がいまいち見いだせないが、互いに頭をもたれさせ眠る光景は、男女というよりも兄妹のそれに近い。
「微笑ましいですな」
「ええ、本当に」
 無防備に眠り続ける二人がいつからいるのかは知らないが、こんなに良い天気なのだから少しくらい目を瞑っても誰の迷惑にもならないだろう。甄姫と張遼は目配せで互いの考えが同じなのを確認し、邪魔をしないようにと歩みを再開させる。
「白蓮−!!」
「曹丕様−!!」
「おや」
「あら」
 次第に近づいてくる探し人を呼ぶ声に、折角午睡を邪魔しないように場を離れたのにこれでは意味が無かったと、二人は顔を見合わせて笑った。
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