たまにはこんな休日

「郭嘉ー、郭嘉様ー、そろそろ起きて下さいっ!」
 室内の離れた場所から声を上げれば、もぞもぞと山が動く気配。薄い布の中から出てきた腕は細く、ちゃんと食べているのか心配になってしまう。
「白蓮……か」
「私以外に郭嘉を起こす人がいますか」
 常に夜の延長といった雰囲気の郭嘉が万人受けするハズもなく、きちんと朝から執務をこなしている人達はなるべく郭嘉に関わり合いたくないと距離をとる。まぁ容姿が容姿なだけに綺麗なおねーさま方には好印象らしいが、私から言わせてみればこんな不健康軍師のどこがいいのかと、趣味を疑いたくなってしまう。
「とりあえず、起きて下さいよ」
 薄暗い部屋に無理矢理光を取り入れば、不満そうな目でこちらを睨み付けまた暗闇の中へと逆戻りしてしまった。お前は吸血鬼かと叫びたくなるのを堪え、寒さしのぎにもならなそうな布団もどきをひっぺがす。
「何をする」
「朝ですから、起きるのは当たり前です」
「吾は休みだ」
「ええ、知ってますよ。だから起きて下さい」
「……」
 己を護るものがないと知った郭嘉が不機嫌さを全開にし上体を起こした。これで、第一段階はクリアだ。
「はい、お茶」
 淹れたての熱いお茶を手渡せば、冷ますこともせずそのまま咽に流し込む。良く火傷をしないものだと感心してしまう飲みっぷりに苦笑を漏らし、座ったままの郭嘉の片手を取り引っ張り上げる。
「何がしたいのだ、お前は」
「いいからいいから」
 乱れた髪を片手で掻き上げながら立ち上がる郭嘉。目線の先に浮いた肋が飛び込んできて、思わず眉を顰めてしまった。
「今更、吾に小言を向けるわけではあるまいな」
「非生産的なことはしませんよーだ」
 開いた胸元に浮かぶ肋にぺたりと片手を当てれば、触れた手が冷たかったのか僅かに郭嘉が体を揺らした。
「ちゃんと食べてるの?」
 誰かが世話をしないと永遠と引きこもっていそうな郭嘉のことだ。きっと……いや絶対私が留守にしていた間は酒しか口にしていなかったに違いない。
「小姑のようなことを」
「小姑でもなんでも結構。自己管理の出来てない人には、何を言われても痛くも痒くもありません」
「フン」
「鼻で笑って引き下がると思ったら大間違いなんだからね」
 だらしなく開いている胸元を直し、放り投げられていた上掛けを郭嘉の肩に掛ける。
「あーあ、無精髭も酷いこと。ちゃんと剃っておかないとお姉さん方に相手されないよ?」
 未だ動く気配のない郭嘉の手をとり、食事の用意してある卓の方へと連行する。
「はい、朝ご飯食べる」
「……食……」
「食欲ないとか、子供じみた言葉は聞かないからね」
 先手を打てば郭嘉から漏れるのはため息のみ。
「何故お前を養女に迎えたのか」
「珍しかったからじゃないの?」
 手にした箸を弄ぶ郭嘉の対面に座り、冷めない内に汁物を啜る。うん、今日も美味しいご飯をありがとう、女官さん。
「郭嘉、お酒の前にご飯」
 箸を置き徳利に手を伸ばそうとした郭嘉に注意を飛ばす。
「吾の勝手だろう」
「まーたそういって、お腹いっぱいで食べないとか言うんでしょ。分かりきってる事をみすみす許容するほど、私の心は広くないんですー」
 行儀が悪いのを覚悟で身を乗り出し、箸で掴んでいた煮物を郭嘉の口の中へと押し込む。
「自虐趣味がある訳じゃないでしょ?」
「……何を突然」
 酒と女ばかり口にしているから本体が弱っていくのだ。ただでさえ体調を崩しやすいのに、大局をみずに死ぬつもりだろうか。
「ちゃんとご飯食べて、ちゃんと寝て。そうしたら寿命ってのは伸びるモンなんだからさ」
 私の目が黒いうちは、郭嘉を生きながらえさせてみせる。
「余計なことを」
 一を語って十を悟ってしまうのは軍師の性か。なんにせよ、私は郭嘉という存在を長生きさせたいのだ。彼が……早死にすることを、知っているから。
「あと五十年くらいは生きてもらうからね」
「それはまた、強欲……だな」
「貴方から学ぶ事は沢山あるし、私の欲を満たす為にも死なれると都合が悪いのよ」
 ついでのように紡いだ音に、郭嘉は珍しく声を上げて笑う。
「白蓮よ! やはりお前を養女になぞするべきでなかったわ!」
「そんな楽し気に言われてもなぁ……」
 陰険軍師ならぬ快活さに呆れて物が言えない。
「妻にすべきであった」
「……は?」
 これまた唐突に言われた言葉に、手にした箸を取り落とした。
「なに、郭嘉……。私のこと抱きたいの?」
 私なんかよりよっぽどスタイルが良くて、口煩くなくて、後腐れのない女性は郭嘉の周りに沢山いる。というか、普段郭嘉の相手をしている女の人達はそんな感じの人ばかりだ。
 理解出来ないと視線で訴えれば、不健康軍師様は策を練っている時のような表情でこちらを見つめていた。
「その生意気な口を塞いで組み敷いたら、さぞ楽しかろうよ」
「抵抗される方が燃えるってやつ?」
 冗談じゃないと両腕を組み、徹底抗戦の構えで対峙する。
「前から思ってたけど郭嘉って趣味悪いよね」
「お前も、だろう」
 立ち上がり距離を詰めてくる郭嘉を視線で追う。たしかにこんなヤツの養女をやっている時点で、私も人の事は言えないのかもしれない。素行は最悪で常に嫌味を言われているような人物が父親だなんて、誇って言えることではない。けれど、時間も外部も全て忘れて計略を立てている郭嘉は……格好良いと、思う。
「郭嘉」
 柔らかな手付きで頬に触れる指は骨ばっているし、裏事に精通している瞳は暗く不気味。
「娘に手を出すわけ?」
 近づいた顔は酒臭くて最悪だし、面白いと理由だけで手を出されるのも許容出来るものではない。
「だったら?」
 引く気がなさそうな郭嘉に特大級のため息を一つ。
「私、貴方の玩具じゃないんだけど?」
 郭嘉の悪ふざけに付き合ってあげるほど、子供ではない。こうしている間にも料理は冷めていくし、とっととこの大きなお子様の興味を逸らさなくては。
「白蓮」
 そんな甘い声で名前を呼んだって無駄なんだから。
「普通の関係よりも、近親相姦の方がお好きですか、貴方」
 とことん腐ってると目を閉じれば、瞼の上にかさついた唇が降ってくる。ああもう、この男本当にやりやがった。郭嘉が離れたのを気配で察し、批難の色を宿した瞳で真っ直ぐに彼の存在を射貫いた。
「白蓮よ、吾の総てを、お前にやろう」
「――なに、それ」
 一歩離れた距離に在る郭嘉の顔を凝視する。そこに立っているのは、素行不良不健康軍師ではなく、軍祭酒と畏怖される男だった。
「子が父の後を継ぐのは、当然だろう」
「一代で終わるとこも、多いとおもうけど?」
 予想外の事を急に言い出した郭嘉に、頭が上手く回らない。そのことを理解しているのか、相変わらず人を食った表情で郭嘉はこちらを見下ろしている。
「吾にしがみついて着いてこい……白蓮」
「言われなくても」
 互いに口端を歪める姿は、はたからみたらそっくりなのだろう。同僚よりも共犯者である方が心地良い。父と娘という枠に嵌められているが、そんなもの自分達の間では意味を成さない。
「ねぇ、郭嘉。私貴方の事嫌いじゃないよ」
「これはまた珍しい事を言う」
「だから、ね」
 おねだりするよう少しだけ首を傾げて、置いていた箸でおかずを掴み立ったままの郭嘉へと差し出す。
「ちゃんと、食べて」
 途端顔を顰めた郭嘉に満面の笑みを浮かべ、やはり私とこの男は似た者同士なのだろうと心の中で呟いた。
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