春と言えば 前編

「暑っつー」
 春だというのにこの熱さは反則だと心の中で愚痴りながら、斜め前を歩く人物の顔を盗み見てみたが、本人は至って涼しい顔をしていた。
 これも鍛錬のたまものってやつなのかしら? それとも小宇宙で外気温度調節でもしてるのかな……。だとしたら非常に便利だ。
「おい沙希、ちんたら歩いてんなよ」
「ちんたらって……っ! あのねぇ、私とカノンさんじゃ身長が違うでしょ! 身長が違うって事は足の長さも違うって事だし。歩幅が違う事くらい考慮してくださいよぉ」
 息も切れ切れに恨み言を吐けば鼻で笑われた。なんか凄く腹立たしいんですけど。
 どうもカノンさんと一緒にいると馬鹿にされているような気がする。笑い方にしても苦笑というよりも失笑って感じだし……。やはり女だから格下に見られてしまうのだろうか。
「お前変な事考えてるんじゃねーだろうな?」
「え?」
 皺になるぞ。と自分の眉間を示しながらカノンさんが笑う。ふとした時に見せる快活な笑顔を目にしてしまうと、やっぱり格好いいなぁと思ってしまうあたり私は負け組だ。喋らないで立ってるだけなら目の保養なのに。
「余計なお世話です」
 こうなったら意地でも格好いいなんて言ってやるもんか。心の奥底で熱い闘志を燃やしながら私は前を歩くカノンさんに離されないように小走りで付いていった。



「頼まれた物はこれで全部かな」
 箇条書きのメモを片手に、買い物籠の中身を確認する。よし、買い忘れはなさそうだ。
 それにしても……。
「すっごい量」
「あいつ等は育ち盛りだからなぁ」
 カノンさんの言うあいつらとは今日来た星矢君達の事だろう。年齢的には中学生くらいだったハズだ。そんな彼等が死闘を繰り広げていただなんて……。信じられないというか、こちらの常識が分からないというか。
「あ、ちょっと」
 会計を済ませようとレジに向かえば、横からカノンさんが何かを籠に入れるのが見えた。どう見てもあれはお酒だ。しかも一番大きいボトル。銘柄は見えないから分からないけれど、おそらく赤ワインだろう。
「手間賃ってやつだ」
 なんてゴーイングマイウェイな。
 呆れている私の目の前で違う品種の物をもう一本。
「なんだ? 何か言いたそうだな」
「…………そりゃそうですよ」
「いい子な沙希チャンは許せないって?」
 くつくつと咽の奥で笑いながら、馬鹿にしてくるカノンさんは腹立たしいけれど……それよりも。
「カノンさんばっか狡いですよ!」
 籠を乗せていたカートをカノンさんに押しつけ、私は今朝切れている事に気付いた調味料を取りに陳列棚の方へと舞い戻った。
 数分後、戻ってきた私を見て何故か微笑を湛えるカノンさん。この人が普通に笑ってるなんて珍しい事もあるもんだ。
「アンタ本当に面白いな」
「そうですかね? ま、言い出したのはカノンさんなんで何か言われたら私の分も責任取ってくださいね」
「おいおい……」
 何か言いたそうなカノンさんを後ろ目に、今度こそレジへと向かった。
 やっぱり人様のお金で買うのって最高。購入した調味料をいそいそと紙袋に詰め、私達は店を後にした。

「んーやっぱ自分のお金じゃないと味も格別」
「だよな!」
 買い物後のティータイムはやっぱり必須でしょう。
「意外とお前って話の分かる奴だったんだなぁ」
 しみじみというカノンさんの言葉に思い当たる節が。
「堅物……そうですもんねぇ」
 主語を出さすに切り返せば、そうなんだよ。と握り拳片手に語り出すカノンさん。随分と鬱憤が溜まっているんだなぁ……と他人事に考えながら、近くに居るウェイトレスさんに焼き菓子の追加注文。
「アイツは暴君だぜ、全く」
「双子って考え方も同じかと思ってたんですけど、違うんですね」
「アイツと同じにすんなよ!」
 双子だからこそ相容れないんだろうか? 聖域では日課の様に喧嘩が行われていると言うし。きっと色々あるんだろう。
 余り余所様の事に口を出すのも悪いだろうと、話を打ち切るべく次の話題を振る。
「夜楽しみですね〜」
「そうかぁ?」
「きっと御馳走ですよ、御馳走」
 お腹減ったな、と呟けば、今食べてるだろと的確な突っ込み。
「カノンさんは突っ込み役っと……」
「はぁ?」
 ナイス突っ込みでした。と親指を立ててみれば、笑いを堪えきれずに吹き出すカノンさん。
「沙希……おまっ……本当に、良いキャラだ……クッ」
 そんなに面白い事を言ったつもりはないんだが。
 いまいち黄金闘士の笑いのツボは分からない。
 笑い続けるカノンさんから視線を外して、夜行われる予定の歓迎会に並ぶであろうギリシャ料理に思いを馳せた。
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