青銅達がやってきた!

「ぁ……醤油きれた……」
 空になった小瓶を逆さまに振ってみても一滴も出てこない。これでは……餅が食べれないではないか。熱々の餅と、薫り高い醤油、そしてぱりぱりの海苔。この三つが揃ってこその磯辺巻き。チーンと間の抜けた音を響かせながら、餅を入れたトースターが焼き上がりを知らせる。さてどうしようか。白い餅に海苔だけ巻いて食べるか否か。
 悩んだ末に時期外れも良いところだが、雑煮を作る事にした。
 折角焼いた餅が駄目になるのも勿体ないし。ガス台の下から小さな片手鍋を取り出し水を張る。
「ぁ……ダシないや……」
 それに気付いたのは野菜を入れた後だった。

「どうしたんだ? 沙希。何か元気が無いみたいだが……」
 よくぞ聞いてくれました。
 隣で作業をしているアフロディーテさんに朝食時に起きたアクシデントを話せば、苦笑混じりにそれは災難だったね、と言葉が返ってくる。
「美味しい物食べたいですよ……なんか味気なくて食べた気が」
「それならばシュラかデスマスクあたりに頼むといい」
 アフロディーテさんの話によれば、黄金聖闘士の中にも料理上手な方はいるらしい。今し方名前の挙がった二人の他にも、ムウさんやサガさんも料理上手だ、と言う情報を得られた。ムウさんとかサガさんはなんとなく想像が付くけれど……デスマスクさんとシュラさんは意外かも。
「特にデスマスクの作る料理は絶品だよ。沙希も機会があれば一度味わってみるといい」
「はぁ……」
 デスマスクさんの作る料理は気になるけれど……どうにも私はあの人の纏う雰囲気が苦手なのだ。以前己の失態でデスマスクさんの支配する積尸気に出てしまった時から……なんとなく駄目になってしまった。元々あの宮は何か薄ら寒いものを感じるし……。
 美味しい物は食べたい。だけどあの人の宮には行きたくない。
 となれば答えは一つ。
 他の人の料理を味わう。これに限る。
 アフロディーテさんはシュラさんも料理が上手いと言っていた。沙織ちゃんから仕入れた情報によると、確かシュラさんの出身国はスペイン。……パエリア……食べたいなぁ……。
「そういえば沙織ちゃんが帰ってくるのって今日でしたっけ?」
 総帥として多忙な日々を送っている沙織ちゃんだけれど、月に何度かは聖域に帰って来て現在の状況や、留守中の出来事などを把握している。
 あの年で色々背負ってる沙織ちゃんは本当大変だろうと思う。
「既に聖域入りはしているようだぞ」
「あ、そうか……小宇宙で分かるんでしたっけ?」
 便利なのか、不便なのか良く分からないけれど、こういう時は便利だと思う。未だに小宇宙と言われてもピンと来ない私にとっては、プライバシーを覗かれているようで嫌だけれど。
「珍しい客も一緒のようだね」
「お客さん?」
 殊更楽しそうに言うアフロディーテさんに興味がわく。
 珍しい客、と形容するところから推測すれば、おそらくは顔見知りなのだろう。黄金聖闘士と顔見知りで、沙織ちゃんと一緒に聖域まで来るお客さん。
 一体どんな人なのだろう?
 期待を膨らませている私の周りで、他の黄金聖闘士の方々も妙に楽しそうにしていた。

 マイペースに文字を入力していく私の周りで、黄金聖闘士の方々が急に立ち上がった。
 あ、もしかして。
 画面から顔を離すのと、重厚な扉が開かれたのはほぼ同じだった。
「女神、お帰りなさいませ」
 こうして遠巻きに見ていると、やはり沙織ちゃんは人の上に立つ者なのだと再認識する。物腰や纏う雰囲気。年相応に見ろという方が難題というもの。
「沙織ちゃん、お帰り」
「沙希さんただいま」
 ふわりと微笑む沙織ちゃんにつられて思わず笑みが零れる。
「アンタ誰?」
「星矢! 口を慎みなさい!」
 私に向かって言われたと思われる言葉の主を捜してみれば、沙織ちゃんの直ぐ斜め後ろに居た。歳の頃は沙織ちゃんと同じくらいだろう。なんともまぁ……個性の強そうな四人組。
「初めまして……えーっと」
「俺は星矢。んでこっちが紫龍に氷河に瞬」
「私は沙希、ここでデーターベースの作成をしているの。よろしくね」
「沙希さんてグラード財団の人なんですか?」
 瞬と紹介された少年が尋ねてくる。……一応今はグラード財団に所属している訳だし……。肯定しても嘘にはならないだろう。一応沙織ちゃんの方に視線を送ってみたが、楽しそうに微笑んでいるだけだった。
「そうだけど? それがどうかしたの?」
「このような場所で働く事に不便は感じないんですか?」
「不便か……街に出るのは非常に不便ねぇ……聖域出るだけでも結構な労力だし。その辺は今度考えないとね」
 ぶつぶつと呟く私に、少年達は不思議そうな視線を送ってくる。
「なぁなぁ、アンタ本当に一般人なのか?」
 星矢と名乗った少年が意味深な問いを投げかけてくる。彼等もやはり小宇宙で気配を察知する事の出来る聖闘士なのだろうか?
「沙希さんには私が来てくれるようお願いしたんですよ」
 答えに窮する私の代わりに、沙織ちゃんが答えてくれる。私としても面倒事は極力避けたいのでグラード財団からの派遣員と認識された方が都合が良い。
「黄金聖闘士と一緒にいるからさぁ」
「気を悪くしないで下さい。星矢は口が悪くて……」
「何言ってるんだよ瞬! お前だって気になってたくせに!」
「星矢達はいつになっても変わらないなぁ」
 近くに居たミロさんが楽しそうに呟く。
 成る程、彼等は黄金聖闘士の弟分……という感じなのだろうか?他の黄金聖闘士の方々を見てみても、皆一様に見守るような、そんな視線を彼等に向けている。
 それにしてもあの星矢って子を見てると……何故か妙な感覚がするんだけど……。
 こちらの世界に来てから、訳の分からない感覚に悩まされるという事は何度かあったし、今回のもそれなのだろうか?
 悩む私の耳に、盛大な音が届く。
 今のは……お腹の鳴る、音?
「もぅ星矢ってば!」
「だって何も食ってないんだぜ? 仕方ないだろ!」
 開き直る星矢君の言葉に、周りから笑いが漏れる。
「仕方ないですね……今食事の用意をさせますから……」
 苦笑しながらも、楽しそうに微笑む沙織ちゃん。彼等といると沙織ちゃんは年相応に戻れるのだろう。普段黄金聖闘士と話す時とは全く違う雰囲気を纏う沙織ちゃんを見てると、こちらまで嬉しくなる。
 この調子だと午後の仕事は取りやめになりそうだ。
 今日は一日のんびりするのもいいかもしれない、と入力途中の書類を保存して、私はパソコンの電源を落とした。
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