中編

 周囲に漂う殺人的に良い香り。思わずお腹を押さえてしまうのは仕方ないというものでしょう? 夕方から行われる宴の準備にメイドさん達は走り回っているし、黄金聖闘士の人達は思い思いに行動してるし。というか、これでいいんだろうか聖域……。トップに立つ者達が好き勝手してるってどうなのよ、と内心ツッコミを入れつつ出来上がる料理に思いを馳せる。
「やっぱ自炊じゃ限界があるしねぇ……」
 ギリシャ料理は嫌いではないが、時折食べたくなる故郷の味。だが悲しいかな、料理上手とは言い難い私の腕ではありきたりな物を作るのが精一杯。
 懐石料理が食べたい、とは言わない。美味しい煮物でも食べれれば大満足なのだが……それをここで求めるのは難しいというものだろう。
 黄金聖闘士に関するデーターベースで見た限り、アジア圏出身の方々は居ても日本出身の人はいなかった。近い所で中国出身の童虎さんがいるけれど……。他の人達から老師なんて呼ばれているところを見ると、黄金聖闘士の中では結構偉い人なのかもしれない。
「料理作ってくださいーなんて……頼みづらいもんなぁ……うーん」
「さっきから何をブツブツ呟いてるんだい沙希?」
「っ!? きゅ、急に話かけないで下さいよ!!」
 わざと気配を消して人に声を掛けてくるアフロディーテさんは微妙に意地悪だと思う。まぁ……引っかかるこっちにも非はあるんだろうけれど。
「夜の料理楽しみだな、って考えてただけですよ」
「ほぅ……沙希は美味しい物が好きなのかい?」
「そりゃ当たり前ですよ! 何処の世界に好んでマズイ物を食べたがる人がいますか」
「ふふ……確かに。それはそうと……沙希は何をやるんだい?」
「……はい?」
 何をやる、って……一体何を? と疑問に疑問で答えてしまう。
「何も聞いてないのか……」
 アフロディーテさんの話によると、沙織ちゃんが主催の宴の際には何か出し物のようなものをするのが恒例らしい。まぁ要するにオジサマ達の宴会と似たようなもんだ。
 しかし……。
「急に何かやれって言われてもね……」
 人に難題が待ちかまえている事を教えてくれた人物は、ウィンク一つ残して颯爽と何処かへ行ってしまうし……。
 用意なんぞしてる訳ないこの状態で、一体何を披露しろというのだ。しかも聖域にとっては新参者である私がトリ? 冗談じゃない。
「ホント……どうしろってーの……」
 溜息ばかりついていても始まらないし。何より沙織ちゃんの喜ぶ顔が見たいのは確かで。
「駄目もと頑張ってみますか……」
 頭の中に一つだけ浮かんだ策を実行すべくその場を後にした。

「……あれって沙希さんじゃねぇ?」
「本当だ……何してるんだろ」
 教皇の間へと続く道から少し離れた場所でぽつんと立っている件の女性。何やらあやとりのような動作をしているようだが……。
「おーい!」
「あ、ちょっと……星矢!」
 星矢の声に反応して沙希が振り返り、手を上げる。
「そんな所で何してんすかー?」
「ちょっと秘密ってやつ!」
 人差し指を口に当てて、秘密という沙希はいかにも何か企んでいますという表情で。
「ちぇ……ツレナイ女は嫌われるぞー!」
「星矢!! 沙希さんに失礼だよ!」
 厚顔無恥も甚だしい星矢の言葉に一瞬驚いたような顔を作った後、女は少し謎がある方が素敵なのよ。と言い放った沙希に、思わず目を丸くした。気を悪くして当然の台詞にも安易に対応する彼女は大人なのだなと思う反面、実は自分達が抱いている以上に気さくな人なのかもしれない、と瞬は思った。
 その時は未だ沙希という存在について何も知らなかったのだ、と理解するのはもう少し後の事。

「んー……やっぱ属性が違うとやりづらいなぁ……」
 星矢君達の気配が消えた事を確認して作業に戻る。
 力業で成してしまおうとすれば不可能ではないが……。
「どうせなら完璧にやりたいし……」
 見えない結び目を解くように指先を動かしながら、精神を集中させる。今まで使わなかった力は、頭で理解していても実際には上手く使えない。
「これをこうして……ん、もうちょっとか……」
 今の調子ならば宴には間に合いそうだ。先が見えた事に対して安堵の息を付き、余興に向けて再度神経を集中させた。
 風に乗って遠くから微かなざわめきが耳に届く。満を持して主役のご登場といったところか。ゆっくりと瞼を持ち上げれば、視界に飛び込むのは赤く染まった空と大地。
「もうこんな時間……」
 作業に入り始めたのが昼を過ぎたあたりだから……少なく見積もっても三時間ほどはかかっていた事になる。どうりで疲れた訳だ。額に浮かんだ汗を袖で拭い、宴に参加するべく踵を返した。



 宴……といえば上品に聞こえるが、ちょっとばかり大規模な宴会である事に変わりはない。
潰れてはいないものの、すでに酔っぱらっている人も続出しているし……。流石に沙織ちゃんの周りは上品な空気が漂っているが……目も当てられない人物が数名いるのも確か。
「よー沙希飲んでるか?」
「うわっ!」
 突如後ろから掛けられた重力に踏鞴を踏んだ。
「何するんですか……って酒臭!」
 右手に握られているグラスの中身は一体何杯目の酒だろうか。
「ん? 全然減ってねぇじゃねぇか。ほら飲め飲め」
「ちょ、あぶな……げっほ」
 カノンさんの手に持たれていたグラスを無理矢理口の中に流し込まれ、こっちはただごとではない。咽が焼けるような感覚は純度の高い証拠。
「カノン何をしている」
「げっ……サガ……」
「げ、っじゃないですよ……ごっほごほ。まったく……うぇ……焼ける……水ーーっ」
 厄介事は先に回避するに限る。兄弟喧嘩に巻き込まれない内に早々に退散した。
「……はぁ……死ぬかとおもった……」
 水割り用にと置かれていた水をがぶ飲みすれば、ようやく咽のひりつきが収まってきた。まったく酷い目にあった。これだから酔っぱらい共の相手は嫌なのだ。
 この会場の中で安全圏といえば沙織ちゃんの所だけれど……。
「恋する乙女の時間に水をさすのもねぇ……」
 遠目で確認出来る姿は、女神というよりも一人の女の子で。思わず青春って良いなぁ……と呟きそうになり慌てて口元を手で押さえた。
*<<>>
BookTop
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -