お披露目

「もう少し物事を考えたらどうなのだ! この愚弟が!」
「お前の基準で考えるんじゃねぇよ愚兄!」
「……あの人達っていつもああなんですか……?」
「沙希もその内慣れるさ」
「はぁ……」
 今日も教皇の間は賑やかです。



 先日帰ってきたらしいサガさんの弟のカノンさん。
 他の人の話によればカノンさんは海界の方にも籍を置くらしく、平和になった今はこちらと向こうを行ったり来たり、と忙しい日々を送っているらしい。
 初めて見た時は本当に驚いたものだ。
 顔から髪から体から、本当に何もかも一緒なんだし……。双子って凄いなぁ……と何故かわからず感心してしまったものだ。口を開けば違う人だと分かるが、外見だけ見ていたらどちらがどちらだか見分けが付かない。
 聖域名物とまで言われるサガさんとカノンさんの兄弟喧嘩。これが彼等の住居である双児宮だと必殺技のオンパレードが見れるらしい……。なんともまぁ聖闘士とは丈夫に出来ているものだ。
「うわっ」
「大丈夫か?」
 彼等が無駄に小宇宙を高めている為に発生する妙な歪み。それに引き寄せられるように飛んでくる色々な異物を器用に避けながら作業をする他の黄金聖闘士が激しく羨ましいと思う。
 隣にいるシュラさんなんてさっきから器用に避けるものだ……。
 これも慣れ……というものなのだろうか?
「そろそろか……」
「そろそろだな」
 何故か身近の書類を一纏めにし始める黄金聖闘士達。
「そろそろ……って何がですか?」
 尋ねる私に、シュラさんは無言で喧嘩をしている双子の方を指し示す。
 どうやら……かなりヒートアップしているようだ。
「沙希、重要書類は手元に置いて置いた方がいいぞ」
 飛ぶからな。と続けられた言葉に頭の中はハテナマークだらけ。
 そうこうしている内に、変な単語が聞こえた。
 ……アナザーディメンションにゴールデントライアングル……?
 聞き取った時にはすでに遅く。
「ちょ、ちょっ!!」
 突如現れた異空間に巻き込まれるようにして書類が舞い上がる。
 飛ぶってこういう事!?
「っ!」
 しかも! よりにもよって! 今仕上がったばかりの書類が!
「私の3時間!」
 舞い上がる書類に手を伸ばして。
「お、おいサガ! 止めろ!」
 掴んだと思ったら。
「何を言うかカノ……」
 変な黒い渦に触れてしまって。
「「あっ!」」

 目を開けたら真っ暗な空間でした。
 ……冗談も程々にしてよ……。



 えーっと……まずはここからどうやったら出れるかを考えないとね。
 立っているのかいないのか。足が地面に着かないというのは、こんなにも気持ちの悪いものだったのか。と変なところで感心をしながら、収められている知識を引きずり出す事から始める。
「上手くいったら拍手をお願いします、ってね」
 使い方しか分からない力を行使して、私はその不思議な空間から姿を消した。

「もう一度言って頂けるかしら?」
 帰宅した女神の元に入った一報。決して吉報とは言えないそれに動揺を隠したまま、此度の事件の元凶となる二人に問う。
「その……沙希が……」
「私の耳が確かならば、貴方達は沙希さんを異次元に飛ばした、と……そう聞こえたのですが?」
 間違いないかしら? と笑顔で問うてくる女神に、冷たい汗を浮かべながら対応する双子。
「まったく……血気盛んなのは結構ですが……時と場所を選んで下さい」
「はっ……」
「……申し訳ありません……」
「取り敢えず今は沙希さんを救出するのが先決です。勿論貴方達にも手伝ってもらいますよ」

 

 今更だけど……私、ホラー系って駄目なんだよね。
「なんなのここ?!」
 暗闇から脱出したまではいいが、未だ力が安定しないのか思っていた場所と違う場所に出てしまった。予定では白羊宮あたりに出る予定だったのに……。何処をどう間違えたら……。
「こんなホラー映画ちっくな場所に出るの!?」
 山の火口らしき場所に向かって歩いて行く人達は、どう贔屓目に見ても生きている人とは言い難い。妙なうめき声も発してるし……あの歩き方は、疲れたサラリーマンだってあまりやらない。
 勘弁してよ……と心の内で嘆きながら、再度希望する場所へ向けて力の発動を促す。
「……っとと……」
 何かに躓いて途中で集中力が途切れる。
 一体何よ……。まったく…………。
「……っ?!」
 真夏のホラー特集が一瞬にして脳裏を過ぎった。
 虚ろな目で見ないで! つか足掴まないで!! ……な、なんで……なんで向こうの方にいる人達……までこっちを見てるのかしら……?
 いやな……予感が……する。
「ほ、本気で駄目なんだってば!! ホラー物駄目だって言ってるでしょ!?」
 ずるり、と音が聞こえてきそうな程、ゆっくりとした足取りで近づいてくる亡者。
 半狂乱状態の私の耳に届いた沙織ちゃんの暖かい声と、私の中で何か切れる音がしたのは同時だった。
「沙希さん……沙希さん聞こえますか……?」
 呼びかけてみても応答はない。覚醒したばかりで力を持て余す彼女では無理もないというもの。だが、どこに飛ばされたのか分からない現状では、呼びかけるくらいしか出来ない。
 半分諦めかけたその時だ。彼女の声が……聞こえたのは。
「いや、無理! つか来ないでって言ってるでしょ!?」
「沙希さん……?!」
 突然聞こえてきた錯乱した声に騒然とする広間に集う面々。
「く、る、なってば! ぎゃーっ!」
「沙希さん?! 何処にいらっしゃるんですか?!]
「さ、沙織ちゃん……っっと離してってば! ……沙織ちゃん何処にいるの! 聖域!?」
 切羽詰まった声に、そうです、と返せば。少し下がっててと訳の分からない言葉が返ってくる。
「女神……どういう意味……なのでしょうか?」
「現状の分からぬ我々ではどうする事も出来ません。今は沙希さんの言葉通りにしてみましょう」
 訳も分からぬまま広間の中央を開ける。
 刹那、何もない空間より銀色の刃が現れた。
「女神お下がり下さい!」
 サガが女神の前に立ち得体の知れない物体に敵意を顕わにする。
 緊張感が高まる中、銀色の刃はまるでバターを裂くかの如く、刀身を煌めかせながら空間を切り裂いた。一筋の線が浮き上がった後、刀身は消え変わりに人の手らしきものが姿を現した。手が見えたと思ったのと同時に現れる見慣れた人影。
「ふ……ふふ……」
 現れたのは剣を片手にしたままボロボロの服を纏い、虚ろな笑みを浮かべる沙希だった。
「沙希さん!」
 ご無事でしたか! と私の方に駆けてくる沙織ちゃん。
 彼女の声を遠い場所で聞きながら、沙織ちゃんの後方にいるサガさんに視線を移す。次にカノンさんに。
「ど、どうなさったんですか!? その格好は……」
「ぁー……これ? なんか……酷い場所に出ちゃってね……」
 剣を持っていない方の手で無惨な状態になった服をつまんでみる。袖は片方無いし、ズボンの裾はボロボロだし……とまぁなんとも酷い状態だ。
「私ホラー系完全に駄目なのね……なのにさ……出た場所がもぅ……真夏のホラーなんて目じゃないって感じで……。むしろゾンビ映画の劇中にでも居た気分だわ……」
 己が出た場所を覚えている限り伝えてみれば、積尸気ですね、との答え。なんだろうと思い聞けば蟹座の聖闘士が守護する空間らしい。
 聖域繋がり……という意味では当初の目的と合っているが……なんとも酷い場所に出てしまったものだ。
「生ゴミ頭から被った気分……」
 未だに取れない死臭に顔を顰めていたら、沙織ちゃんが私の手に在る剣に興味を示しているのに気付いた。
「沙希さんそれなんですか?」
「これ? ……なんていうんだろ……説明するのは難しいんだけど……力業を使う時に仕様する道具……って感じなのかな……?」
 自分自身未だに整理がついていないが、分かる範囲で説明してみる。
「時空を渡る時って本来はちゃんと準備とかするんだけど、今回みたいに緊急の場合はこれで時空を無理矢理裂いて別の場所と繋げるらしいのね」
 鈍い光を湛える剣を一振りすれば、空気を裂く音ではなく、何かに共鳴するような凛とした音がする。
「ともあれ無事で良かったな」
 掛けられた声に振り向けば……今回の元凶二人が揃っていた。
 無事で良かった? その言い方ってなんか凄い他人事じゃない?
 ……なんかムカムカしてきた。
 剣を水平に構え、元凶二人の方に切っ先を向ける。
「沙希さん……?」
 途端に走る緊張。ねぇ沙織ちゃん。私さ……嫌な事やられてその原因が目の前に居るのに、笑顔で有り難うって言える程まだ人間出来てないの。
「亜空間は我が領域。双子座よ、我が支配する深淵の闇を覗く勇気はあるか」
 構えた剣を水平に薙げば、空間が歪む。
「沙希さん?!」
 少しくらいの脅しは許されるわよね?
 マズイといった表情の双子を前にして、私は最上級の笑みを浮かべた。
「いってらっしゃい」

 その後数日間、双児宮の守護者が居なかったらしいが……ま、それは後日談という事で。
*<<>>
BookTop
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -