非日常な日常

 グラード財団から派遣されてきた日本人。これが表向きの私の肩書き。先入観を持たれないようにと、沙織ちゃんが他の黄金聖闘士達にそう紹介してくれた。中には胡散臭いと言わんばかりの視線を向けてくる人もいたが、そこは上司である沙織ちゃんの一言で有耶無耶にされる。まぁ素性がバレルまではのんびり社会人生活を満喫させて頂こう。
 私の住まいは教皇の間のすぐ側の空いている敷地に設営された。簡単なプレハブ住宅のように見えるが、これが意外に広い。2DKのマンションくらいの広さを持つ簡易な平屋は、今まで一人暮らしをしていた私には広すぎるようにも感じた。
 風呂もキッチンもあるし……まさに一人暮らしという感じだ。
 私が今後取り扱う資料の中に聖域に関する重要な事柄も含まれる為、この位置に居住を設けたらしいのだけど……一つ不満を言えば街に行きづらいと言う事だろうか。12宮を全部降りて行かなければ街に出られないなんて不便極まりない。それに……どうも人の家の中を通っていくというのに、抵抗があるのだ。
 どっちにしろ給料が入っていない今は無一文な為、街に出ても何も出来ないけれど……。色々見ているだけでも結構癒されるものだしね。

 己の家に入り、まずはベットの寝心地を確かめる。人間、人生の三分の一は寝てるんだから、寝心地は良くなくてはならない。……というのが私の持論だ。枕の感触を確かめたり、布団の上でごろごろしている己の姿を客観的に見て、なんだか修学旅行の学生のようだ、と思った。
「えーっと……明日は9時迄に教皇の間へ行けばいいのよね……」
 こういう時近いって便利だなぁ……。
「まずは書類の分類と内容の把握をして……」
 指折りながらやらねばならぬ事を口に出して呟いてみる。
「思ったよりは、大変そうじゃないかも」
 この環境になれる方が大変かもしれない、とため息を一つ。
 黄金聖闘士は皆癖の強そうな人達ばかりだったし……。特に白い髪の……確かデスマスクと言ったか、あの人の視線とか結構気になったんだよね……不躾過ぎて。
 今日会えなかった人達にも近日中に会う機会がある、と沙織ちゃんは言ったけれど、他の人達も皆あのように個性が強い面々ばかりなのだろうか?
「日本人は奥ゆかしいんだっての」
 好奇の視線に晒されるのには慣れてない。
 これは肉体的よりも精神的疲労が曲者だわ、と眠気に占領されつつある頭でぼんやり考えた。



 午前8時。
 備え付けの目覚ましが朝の到来を告げる。
 電子音を止めて無理矢理布団から起きあがり、愛用のモバイルの電源を…………。
「…………?」
 あれ、私のノート……。
 いつもベットのすぐ側に置いて寝るのが習慣なのに……昨日の夜何処に置いたっけ……?
「………………?」
 そう、確か昨日は色々考え事をしていて……。
「…………っ!」

「サガ、シオン様の姿が見えないが……?」
 本日何度目かのため息をつきながら、私は同じ答えを繰り返す。
「シオン様は沙希の所だ」
「どういう意味だ?」
 これから来る同僚達にも同じ事を聞かれるのだろうと思うと、軽く気が滅入ってしまう。だが……仕方ない事なのだろうか?
「朝方の悲鳴らしきものを聞かなかったか?」
「俺の所は。……カミュんとこは?」
「私も聞こえなかったが……彼女に何かあったのか?」
 同僚の言葉に軽く頷く。
 規定時間の一時間前に着けば、何かを叫ぶ女性の声が聞こえた。それと共に扉の奥から走ってくるシオン様。何事かと一緒に行けば……。
「布団の上で泣いてた?」
「うむ……何か一つの単語を繰り返しながら、泣いていたな……」
 内容を問おうと口を開こうとしたら、シオン様から追い出された為結局原因は分からずじまいだが……。一体彼女の身に何があったのだろうか?



「ねぇっシオン君、ほんとーーに分かってるの!?」
「う、うむ……分かったから揺するでない、沙希」
「分かってないでしょ!? 全然分かってないでしょ!?」
「す……少し落ち着かんか……」
「落ち着け……ですって!? この非常事態に落ち着け!?やっぱりシオン君になんて分かるハズがなかったのよ! うっ…………ううっ……」
 一体何処から出てくるのだろう、と思うくらいの涙量。
 それだけ心に負った傷が深いという事なのだろう。
「うわーん私のモバイルーーーッ」
 先程から何度も繰り返されている彼女の嘆きに、思わずため息が出てしまうのは仕方ないというものだろう。しかし……そんなに大切な物なのだろうか……パソコン、とは?
「支払い終わったばっかりだったのよ!? 頑張って6回払いで支払ったのに! わざわざカスタマして取り寄せたのにーっ! 5年は付き合っていけるスペックでオーダーしたのよ!? オークションだって入札してたのに! 何もかもパア! この苦しみ、シオン君には分からないでしょう!?」
 どうせ他人事なんだわっ、と叫びつつ又涙を流す沙希にかける言葉が見つからない。自分にとってはさほど重要な物でなくても、沙希に言わせれば人生の一部らしい。
「朝起きてメールチェックするのが日課なのにーっ」
「無い物をどうこう言ってもしょうがない……それより……」
「…………しょうがない……ですって……?」
 しまった。
 何度も聞かされた単語に対して、心の中で思っていた事が声に出てしまったらしい。途端に目つきの変わる沙希を見て、初めて逃げたい。とそう思った。
  私が教皇の間に顔を出したのは日が昇りきった頃だった。
 泣きはらした目は顔を洗っても、化粧をしても隠しきれるものではなく、何となく他の人達の視線が痛かった。
 他人の視線を気にしていても始まらないので、与えられた仕事に目を通す。……ああ、このキータッチ……この液晶、この処理速度……何もかも、愛しいあの子とは違うのね……。やばい……また涙が出そう。
「沙希……どうかしたのか?」
 ため息を連発する私に声をかけてきたのは、サガさんだった。
 後方で疲れた顔をしてふんぞり返っているシオン君の方に、微かに視線を向けながら問いかけてくる。
「……最愛の子と生き別れたの……」
 私が言えば周りの人達が息を呑む。
 直後、全員が全員シオン君の方へ視線を向けたのは、少し面白かったが。……私の話をちゃんと聞かないシオン君なんて、他の人から質問攻めにされればいいのよ。
 多少気が晴れたところで己の仕事へと向き直る。
 脳裏を占める愛しいあの子に思いを馳せながら、私の聖域での初日は終わりを告げた。



 後日、私の元に一つの荷物が届けられた。差出人は沙織ちゃん。決して軽くないそれの梱包を慎重に解いていけば……。中から出てきたのは見慣れたフォルム。
 ……私のモバイル!
 慌てて起動させてみるが、中身は出荷当時の何もない状態。という事は新品なのだろうか? わざわざ私の為に?
 私が扱っていた機種を知っているのは、さんざんモバイルについて愚痴を言ったあの人しか知らないハズ。なんだかんだ言って、ちゃんと聞いててくれたんだ。
 前とは別の意味で涙腺が緩んだ。
 こうしてはいられない。一刻も早くお礼を言わなくては。
 家の扉を開け、見慣れた教皇の間へと走っていく。
 途中強風に煽られ、足を踏み外し別の意味でシオン君のお世話になったのだが、それは自分の名誉の為にここでは伏せておく。
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