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 プレゼントを配ろう! 海界編



 上空に広がる水面を見上げ、いつ見ても不思議な光景だと感嘆の息を吐く。どうしても水の中では呼吸が出来ないという思い込みがあるだけに、今息が出来ているのかどうか口元に手を当て確かめてしまう。
「沙希 、とっとと片を付けるぞ」
 不可思議な気分を満喫する私とは裏腹に、金と銀の神様はつまらなそうに目を眇めた。
「此処はあまり好きじゃない?」
「当然だ」
 他人の領域に足を踏み入れるのは愚か者の行為だと、ヒュプノスが目を伏せる。ハーデスの臣下である二人からすれば、ポセイドンの治める領域は敵の陣地になるのだろうが……協定が結ばれているのだから観光と割り切って楽しめばいいのに。
「お前とは違うのだよ」
 どこか悲しげにヒュプノスは呟き、私の頭に軽く手を乗せる。
「そういうことだ」
 ヒュプノスの言葉を肯定し、彼と同じようにタナトスも私の頭に片手を置いた。長身で体躯の良い二人分の重みが頭部にかかって、正直重い。重力、なにそれ美味しいの? と言わんばかりの海底にて、私は十二分に人型が有する重力を体感していた。
「まぁまぁ、お祭り事だし大目に見てよ、ね?」
 頭部の手を両手でどかし、少し高い位置にある二人の手を両手で繋ぐ。
「さーちゃっちゃかいきましょ!」
 わざとらしく両手を振れば、私から伝わった振動で二人の飾りづけが涼しげな音を立てた。



「で、なんで誰も居ないの?」
 柱のある場所を歩き回ってみたが、番人の人達はおろか、部下と思われる人達が一人も居ない。もぬけの空よろしくな海底神殿、それでいいのかポセイドンの領域。
「たしかに妙だな」
「あ、二人でもそう思うの?」
「無論」
 驚かせる為に事前連絡を入れなかったのが仇になったのだろうか? だが、事前連絡を入れたサプライズほどつまらなく物悲しいものもない。
「うーん、どうしよう」
 メインブレドウィナと呼ばれる大黒柱の前に来て思うことは、それだけである。折角持ってきたプレゼントを渡す人もいないし……書き置き付きで置いて帰るというのもつまらないし、力作である双子神の飾り付けだって見て欲しかったし。
「用が無いなら帰ればいいだろ」
「えー」
「お前に付き合わされるこちらの身にもなれ」
「ちょっとは楽しいでしょ?」
 問いかけに示し合わせたよう二人は口を閉じ視線を外す。双子ならではのシンメトリーな行動に、少しだけキュンとしたのは内緒だ。
「とりあえず……持ってきたプレゼントは置いて帰ろう、うん」
 無表情でプレゼントを取り出したヒュプノスが、ぞんざいな仕草で目の前に放り投げる。割れ物はないが、この扱いもどうかと思う。一言文句を言うべく振り返った先で、先程までは存在しなかった人影を認識した。
「あっ!」
「……何してんだ、お前等」
 青く長い髪を揺らし歩いてくるのは見知った姿。
「カノンさん! 今日は皆さんおでかけですか?」
 疲れ果てたような雰囲気を纏い歩いてきたカノンさんは、私達から十分すぎるほど距離をとり足を止めた。気持ち唖然とした目線で傍に立つ双子神を眺めているような気がするが、きっと気のせいだろう。
「あー……ほら、もうすぐ新年だからな」
 大掃除の道具を買いに出ているのだとカノンさんが説明してくれるが、今から大掃除の準備というのも如何なものか。
「新年の前にクリスマスでしょ」
「……沙希、考えてみろ」
「?」
「戦闘狂ばっかのむさ苦しい野郎共が、クリスマスなんか気にすると思うか」
「あー……」
 正論に返す言葉が見つからない。冥界でプレゼントを配って歩いていた時も、奇妙な態度を取られたなぁと思い出しながらも、自分の欲を満たす為プレゼントを受け取って貰うことにした。
「とりあえず皆さんの分のプレゼント置いておいたので、あとで配ってくださいな」
「おう、サンキューな」
 感謝の台詞を口にしながらも、何故かカノンさんはこちらを見ようとしない。疑問に思い左右の双子神を見上げるが、こちらは面白いほどカノンさんに視線を向けていた。
「何故ジェミニの片割れが此処にいる」
 珍しくタナトスから発せられた真面目な問に、掛け持ち業務をしているのだと答えれば、秀麗な口元にニヒルな笑みが出現する。
「所詮……」
「ねぇねぇ、カノンさん! どうよこの二人の飾り付け!! すっごい自信作なんだけど!!」
 わざとらしくタナトスの言葉を遮り、身振り手振りで大げさに二人をアピールすれば、渋々といった雰囲気満載でカノンさんが視線を左右に動かしすぐに逸らす。
「沙希」
「なに?」
「サガがお前の事を探してたぞ」
「え」
 上手く逃げられたと思う前に、脳裏で綺麗な笑みを貼り付け目の下にはっきりとした隈を浮かべたサガさんがおいでおいで、と手を振る。そういえば彼等に行き先を告げず出てきてしまったような気が……しなくも、ない。
「捜索願出すかどうか、とか言ってたような気もしたな」
「……マジですか」
「マジだ」
 頭上に広がる青さのように、サッと血の気が引いていくのが分かる。すっかり青くなった私の顔を覗き込んでくるのは傍らに立つ双子神だ。
「巻きで、巻きで行きましょう!!」
 次の目的地へ向かう為二人の手を取り時空を歪めれば、ブラックホール紛いの空間が出現する。
「お邪魔しました−!」
「あ、おい! 沙希っ!」
 物騒な事をするな、と叫ぶカノンさんの声を背後に青く染まる世界から姿を消した。
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