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 プレゼントを配ろう! 冥界編



 厄災はアケローン河からやってくる。いつからか流れ始めた噂は一人歩きを繰り返し、いまとなっては冥界中に知らぬ者がいないほど。
「聞いたか? なんでもジュデッカの方で大変な騒ぎがあったとか」
「ジュデッカで、か? 冗談だろ?」
 冥界最深部には入り口付近と違い、パンドラをはじめとした冥界の重役達が居を構えている。そこで騒ぎがあったとなれば大変なことになりそうだが、噂を否定するかのような静寂さは普段となんら変わらず、告げられた音を鵜呑みにするには信憑性に欠けた。
「マジだってマジ、なんかなー……」
 三途の川から裁きの館へと続く道は今日も元気に亡者が重い足取りで前進していくのみ。
「まぁお偉いさん方がどうにかしたなら、俺等には……」
 関係無い、と続くハズだった音は奇妙な音に掻き消される。シャン、シャンと鈴を鳴らすような澄んだ音は冥界においては不協和音を撒き散らすのみで、世界観に不似合いな音は周囲の気を引くに十二分の効果を発揮した。
「なっ!?」
「う、おっ!?」
「メリークリスマス! これよければどうぞ」
 カラフルにラッピングされた小箱を手渡してきた、灰色の世界に躍り出た極彩色。声を失った雑兵に行動を起こす事は出来ず、渡された箱を手にしたまま唖然と極彩色が通り過ぎるのを見送るのみだった。



「メリークリスマス!」
 重い扉を両手で押し開け、静寂が支配する世界に波紋を落とす。
 壇上に居る人が秀麗な表情を固まらせ、捲っていた巨大な本のページがカサリと乾いた音を立てた。
「――なにを、して」
「何って知らないの? もうすぐクリスマスだから日頃のお礼を込めてプレゼント配ってるんだけど」
「……沙希」
 苦虫を噛みつぶすような、腹の奥底から絞り出したような声色に首を傾げ、背負った麻袋の中から一つの箱を取り出す。赤と緑のクリスマスカラーでラッピングされた箱は、モノクロに支配された空間で一際異彩を放っていた。
「これはマルキーノさんの分なので、後でお渡ししてくださいね」
 箱を手に足を踏み出せば、「おまちください」と硬い声が待ったをかける。
「一つお聞きしてよろしいか」
「なんでしょ?」
 重い音を立て椅子から立ち上がりルネさんはこちらに向かい慎重に歩を進め、二メートルほどの距離をおいて足を止めた。
「沙希、後の方々は……その……」
 促されて振り返れば、視界に入るのは見慣れた無表情と仏頂面。
「タナトスとヒュプノスがどうかしました?」
 告げた音にルネさんは声にならぬ声を上げ、慌てて頭を垂れ片膝を付く。
「えっ、え? ルネさんどうしたの? あ、もしかして飾り付けが足りなかっ……」
「貴女は何をしてるんですか!」
「……はい?」
 鋭い視線でこちらを睨み付けながら、ルネさんは私ではなく背後の二人を凝視する。
「あ、貴女もしやお二方を……」
 カタカタと震え始めたルネさんの発する音をバックミュージックに、改めて背後の二人へと視線を向ける。申し訳なさ程度に引っかかった小さなサンタ帽子。普段はマントの下に隠れている翼の部分は表に出ており、付け根部分には可愛らしく様々な装飾が施されている。我ながら良い出来たと満足しながら声を荒げたルネさんに「上手いでしょ!」と笑みを浮かべれば、再度悲鳴のような怒声が館の中に響き渡った。
「当然だな」
「当然だろうな」
「もしかして、飾り付けは鈴メインより電飾の方が良かった?」
「そういう問題じゃありません!」
 音がしそうな鋭い視線と共にルネさんは目を見開き、「何をしているのですか!」と先程よりも三割増しの迫力で同じ言葉を口にした。
「分かった、ルネさん自分の分がないから拗ねたんですね。もーそれならそれと先に言ってくだされば」
 未だ片膝をついたまま乾いた音を発生しつづけるルネさんの方へ、タナトスの背後に回り彼の背を押しやる。タナトスの足が一歩前に出ると装飾の鈴が涼しげな音を立て、音に呼応するようルネさんの背がびくりと震えた。
「ルネさんには、これです!」
 コレと称し前に押し出したタナトス。彼がどんな表情をしているのか背後に回った私には分からないが、元々色白なルネさんの肌が不健康そうな蒼白に変わっているのは確認出来た。
「いつもお仕事大変そうなので、途中経過をすっとばして一気に……」
 死を司る神であるタナトスならば、ルネさんの受け持つ仕事など容易く処理するだろう。ぐうたらな生活をしているのだから、こういう時くらい働けばいいのだ。
「必要ございません!」
 押し出したタナトスから距離を取るよう一気に背後へと移動し、ルネさんは深々と頭を垂れながら悲痛な声で遠慮の言葉を口にする。
「しっ、仕事は私の生き甲斐でございます! 沙希、今の私が望むべきことは一刻も早く貴女に立ち去って貰うことです!」
「……はぁ」
 何がルネさんの気に障ったのかと前に立つタナトスを見上げれば、知ったことではないと言いたげに私から視線を逸らした。
「まぁ、ルネさんが言うんでしたら押しつけるのもアレですし……。あ、でも気が変わったらいつでも言ってくださいね? お届けに参りますんで。ちなみに有効期限は――」
「結構です!」
 ルネさんの悲鳴が再び裁きの館を揺らす。
 どこの世界にも仕事中毒の人はいるのだなぁと、聖域にいる双子兄を思い出しながら傍に居る双子神を見上げ、この人達に爪の垢でも分けてやってくれないだろうかと考えてみた。

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