お披露目:後日談 前編

 夜も深い時分、無人の双子宮に相次いで物体の落下する音が響いた。
「ってぇ……」
 盛大な音を立てた割には、本人達へのダメージはほとんど無いようだ。流石聖闘士、体だけは無駄に丈夫に出来ている。
「おい、サガ! あの女はなんだ!」
「煩いぞカノン……迷惑だろう」
 誰も居ないのに迷惑もなにもあるか! と内心叫びながらカノンは異空間に放り出される前に出会った女の顔を思い浮かべた。沙希と呼ばれていた女性は、女神自らが聖域に連れてきた人物で、データーベースの作成がここでの仕事。カノンが聞いたのはそれだけ。
 ただの派遣社員があんな力を持っているなんて言語道断。
「答えろサガ!」
「……沙希は……謎だ」
「はぁ!?」
 確実に正確な情報を持っているはずの片割れから出た言葉が、謎。
「なんだそれ!?」
 答えになっていない答えにサガを問いつめれば、急に高まり始める小宇宙に思わず臨戦態勢を取らざるをえない。
「煩いぞ、カノン」
「やろうってのか? 面白い」
 疲労困憊の体に鞭を打ち、互いに技の構えを取る。
「頭を冷やしてこい!」
「お前が言えたギリか!!」
 双子宮内に響く、双方の技名。

 かくして守護者は二度消える。

 

「……んんん??」
「どうした? 沙希」
 違和感に気付いたのは、書類の内容をパソコンに打ち込んでいた時だった。
 サガさんが何処かへ行ってしまった為、現在居る黄金聖闘士達が総出で書類整理に当たらなければならない。こうしてみると、あの人って凄い仕事量を抱えていたんだな、と感嘆の息が出る。
「いや、なんか……ちょっと、ね?」
「風邪でも引いたか?」
 気遣ってくれるミロさんに否定の言葉を返し、違和感の原因を探る。
「そういえば……サガはまだ帰らないのか?」
「カノンも未だらしいぞ」
 いつもの事だけどな。と口癖のようにしてあっさりと流す黄金聖闘士達。一度心配ではないのかと尋ねてみたけど、あまりに頻繁で心配する気すら失せたらしい。
「そういえばシオン君も居ないのね」
「ああ、シオン様は今朝早くお出かけになられた」
「ふぅん」
 仮にも前教皇、書類整理意外にもやることは山積みのようだ。
「お、噂をすれば」
「ん?」
 教皇宮の出口を指すミロさんに、軽く首を傾げながら指し示された方を見遣れば、重々しい扉が開く音と共に、隠しきれない疲労の色を浮かべたサガさんが居た。
「お、お帰りなさい……?」
「ああ……ただいま、沙希」
 取り敢えず帰ってきた、といった感じの様子に周りから苦笑が飛ぶ。
「カノンは未だだぞ」
「そうか」
 苦笑混じりの報告に軽く目を閉じて、そのまま自分の席に着く。彼等の会話を見ていると本当に慣れている感じ。いい歳した男が揃って……とも思ってしまうが、色々事情がありそうなので敢えて聞かない事にした。
「サガさん、ここにあるのが明日までの書類です。後は他の人が分担して、ちゃんと、やってくれれば大丈夫かと」
 特定の単語に念を押せば、疲れた顔でサガさんが微笑む。
 ここに来てまだそう日は経っていないけれど、サボる確立が高い人達はなんとなく分かってきた。まぁ……良く話してくれるミロさんもサボリ魔の一人だけど。
「お茶でも淹れましょうか?」
「そうしてくれると助かる」
 疲労回復に効くお茶はなんだったかと、軽く思考を巡らせ給湯室へと向かう。
「えーっと……これにしようかな」
 棚から取り出したのは、先日届いたばかりの日本茶。沙織ちゃんの好意に甘えてついつい頼んでしまったものだけど、緑茶はビタミンも豊富だと言うし、疲れてそうなサガさんには丁度いいだろう。
 ……口に合うかどうかは別として。
 手際よくお茶を淹れ、冷めないうちに執務室の方へと足を向ける。
「お待たせしましたー……っと、あれ?」
 用意をしている間に昼休みに突入したのか、居るべきはずの人達はおらずサガさんだけが席に着いていた。しかも珍しい事に、目を瞑っている。声をかけても返事がないので、おそらくは束の間の眠りに落ちているのだろう。
 本当に、珍しい。
「異次元から帰ってくるのって、相当疲れるのかなぁ……」
 起こさないようにそっと近づいて、邪魔にならない所にお茶を置く。淹れたてを飲んでもらえないのは残念だけど、起きた時の口濡らしになればいいだろう。
「どうしよ」
 軽く眉の顰められている秀麗な顔を見つめながら、起こすべきか起こさざるべきかを思案する。
 やはりここは一声かけておいた方がいいんだろうか。
 綺麗なサガさんの顔に見惚れながら、一声かけるべくそっと肩に触れれば。
「あっ!」
 先程から感じていた違和感の正体に気が付いた。
「ど、どうしよ……とっ、とりあえず迎えに行かなきゃ」
 慌てふためく私の後ろでサガさんの気配が微かに揺れたが、全速力で教皇の間を後にした私には彼の言葉を聞くことは出来なかった。

 さて、原因が分かったのはいいものの……。
「い、行かなきゃ……無理だよね……」
 自室に戻り頭を抱える事数十分。どう足掻いてみても一つしかない選択肢に重い溜息をつきながら、渋々準備に取りかかる。
 先程から感じていた違和感は、ワタシの領域に誰かが踏み入れた事による、拒否反応。そして謎の侵入者は、サガさんと同じ暖かさを持つ人。
「なるように、なるか……」
 躊躇っている間にも時間は刻々と過ぎていく。早くしなければ、取り返しの付かない事になってしまうかもしれない。焦りと不安に支配されながら、私は私として初めてその領域に足を踏み入れる事にした。
 ゆっくりと音のような単語を紡いで、今在る空間から足を踏み出せば、現世とは懸け離れた空間が広がる。
 眼前に広がる闇は何処までも暖かく私を導く。
 一歩踏み出す事に希薄になる存在を、自身を叱咤することにより繋ぎ止めながら、目当ての場所まで一気に跳んだ。
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