冥界前線異常あり! 1

 冥界に行く為に、ハーデス城とやらに来たのはいいものの……。
「おい、瞬! 自分だけズルイぞ!」
「ちょっと星矢、煩いよ」
「なにぃ!? お前いつからそんな偉そうになったんだよ!」
「…………」
 飴一つで言い争いをする星矢君達と、我関せずといったカノンさん。
 なんでこのメンバーなんでしょうか沙織ちゃん。今頃聖域じゃ沙織ちゃんの苛々が募っているんだろうなぁ、と怒った顔を思い浮かべてみれば、まだこっちのメンバーと一緒にいる方が楽なような気がした。
 はぁ……先が思いやられる。
「カノンさん、さっきから思いっきり睨んでくる人がいるんですけど」
「あ? 気にすんな」
 部外者である私達を不審に思うのはしょうがないと思うけど、あからさまに敵意を向けられて良い気分はしない。彼等にしてみればつい先日まで戦ってた仲だから、仕方ないのかもしれないけど、今更ながらに私を指名したアイツに腹が立つ。
「ようこそいらっしゃいました。聖域の方々」
 口調こそ丁寧だが纏う空気は早く帰れといわんばかり。
「私はハーピーのバレンタイン。貴方達の案内役を承りました」
「ご丁寧に、どうも」
 必要最低限の会話しかしたくないとでも言いたげに、バレンタインと名乗った人は早々に踵を返し城の奥へと入っていく。彼を追う形で後ろを歩く私の後ろで、星矢君が「陰険なヤツ」とポツリと言った。まぁ陰険なのはしょうがないよね。だって冥界の人達なんだし。
「あのぉ」
 無限かと思える程長い回廊に違和感を覚え、バレンタインさんに話しかけてみれば、後方に居たはずのカノンさんに腕をとられた。
「待て沙希」
「え?」
 私達が歩みを止めたというのに、歩いているハズのバレンタインさんとの距離はひらかない。流石におかしいと思ったのか星矢君達も会話を止めた。
「カノンさん、これって……」
「幻覚だ」
 いつからかは分からないけれど、私達は誰かの幻影に捕まってしまったらしい。三界って和平を結んだハズじゃなかったの!? と内心叫びつつ、慎重に辺りを窺う。カノンさんに言わせれば和平なんて形だけで、実際のところ上に立つ者以外の間では、まだいざこざが絶えないとか。今私達が置かれている状況も恐らくその一つなのだろう。
「これって嫌がらせなんですか?」
「だろうな」
 人のことを呼びだしておいて、素敵な仕打ちを有り難う。言ってやりたい言葉は多々あるが、今は状況を打開するのが先決。幸いこちらにはカノンさんというこの手のスペシャリストがいる。カノンさんが少しの逡巡の後、微かに息を吐いて何かの技を繰り出せば、カランと金属が転がる音と共に、見えていた景色がブレて消えた。
「……ご丁寧に、どうも」
 先程と寸分違わぬ台詞を向ければ、苦笑とも失笑ともつかぬ微妙な笑みでバレンタインさんは床に転がった自身のマスクを拾った。
「アンタ何のつもりだよ!」
「ちょっと、星矢」
 窘める瞬君を振り払うように突っ掛かっていく星矢君。そんな彼に涼しい顔で「女神も躾の良い犬をお飼いになっている」なんて言うものだから、流石に私もカチンときた。一応これでも社会経験者だし? 礼儀くらいはわきまえているけど、理性だけで押し込める感情だけで構築されている訳ではない。
「失礼ですけど」
 以前良く使った営業用スマイルを湛えバレンタインさんの前に立てば、訝しむような視線で私の顔を凝視する。普通に考えれば聖闘士でもない一般人が、自分の命をあっさり奪えてしまう力を有する人間の前で平然でいられる訳がない。だが、残念な事に私はただの一般人ではないのだ。
「先程の発言は、そちらにも言えることではないかしら」
「何だと?」
「オイ、沙希。お前まで喧嘩を売ってどうする」
「カノンさんは黙ってて」
 胸の内に重く溜まるどす黒い感情は、長い年月をかけてゆっくりと溜まったもので、いつ爆発してもおかしくない。
「アテナが躾の出来ている犬を飼っているなら、ハーデスは随分と品行方正なお犬様を手懐けていらっしゃるようで、頭が下がりますわ」
 満面の笑みで言い切れば、背後の星矢君達が息を呑む音がした。
「沙希……言い過ぎだろう」
「あら、そうかしら? 見たままを言っただけですが、お気に障ったらごめんなさいね」
「……」
 苦虫を噛み潰したようなバレンタインさんに満面の笑みを向ければ、今度は幻覚ではなく本当に歩き出した。
「なぁ……沙希サンて、さ」
「なに?」
「その……えっと、嫌いなのか?」
 敢えて主語を抜いて問う星矢君は、迷っているのだろう。カノンさんは別として、星矢君達は私がグラード財団から派遣された人間だと思っているわけだし。
「嫌いっていうか、友達の事を悪く言われて我慢してられるタチじゃないの、私」
「あー、ああ、なるほど」
 実際沙織ちゃんの事を悪く言われて苛々が募ったのは確かだし。とっとと謁見でもなんでもして、早く聖域に帰りたいというのが本音。
「しっかしこのお城大きいわねぇ」
 あれ以降視線すら合わせようとしないバレンタインさんと、相変わらずマイペースにどつき合っている星矢君達。そしてすでに欠伸すらし始めているカノンさん。
 大広間にでも繋がっていると思われる大きな扉を前にして、ようやく着いたのかと溜息を付けば、開け放たれた光景に絶句した。
「ちょっ……こ、これって……」
「どういう事だよ」
 唖然とする私達に告げられるトドメの一言。
「ハーデス様はジュデッカでお待ちです」
 永遠と続く下方へと伸びる螺旋階段。
 時折吹き上げてくる生暖かい風は冥界のものだろうか。
「さ、どうぞ」
 促されて顔を引きつらせる私に向けられる意味深な笑み。
 絶対会ったらただじゃおかないんだから……!! 出会ったときの報復パターンを脳裏に描きながら行きたくない地域への第一歩を踏み出した。
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