Movement

 ここ数日頭痛が酷い。あまりに常時痛みを訴えてくるので、思わず鬱になりそうと呟けば、鬱なら本家がいるぞ、とサガさんを紹介された。……鬱について教えを受けたってどうにもならないんですけど。むしろ余計に気分が落ち込みそうなのは気のせいではあるまい。
「はぁ……」
「なんだ沙希、今日もか?」
「そぉーなんですよ……」
 仕事に必要な資料を選別しながら受け答えれば、自分の声が頭に響いて眉を顰める結果となった。このままでは眉間に皺がよってしまう。
「薬は? 貰ってるんだろ?」
「あー……貰いましたけど……」
「効かないって?」
「ええ、残念ながら」
 そりゃ困ったな、と悩んでくれるシュラさんには申し訳ないけれど、薬でどうにかなる頭痛じゃない。
 後は……原因の分かっているこの頭痛を取り除く為にどう行動するか。
「女神に相談してみたらどうだ」
「え? 沙織ちゃん来るの?」
「夕方の便でお着きになるそうだ」
 成る程、確かに沙織ちゃんならなんとか出来るかもしれない。十中八九シュラさんの提案と私の提案は別物だけど、女神である沙織ちゃんならきっと手助けをしてくれるに違いない。自分の考えに強い確信を持ちながら、沙織ちゃんが来るまでの間頑張って仕事を終わらせる事にした。



 真夏の光が眼を焼くように、強すぎる光はゆっくりと身を滅ぼしにかかる。時間をかけて少しずつ体を蝕む、その名は……呪い。思い出すのも苦々しいが、確かにあの時私は呪いを受けた。この身に刻まれた呪いが解けない限り、聖域に居続ける事は出来ない。
 何故あの時もっと注意しなかったのか。悔やんでも悔やみきれないが、現実に起きている問題は打開しなくてはならない。
 はー……頭痛い。
「……さん、沙希さん」
「ん…………?」
 どうやら気付かない内に寝ていたらしい。
 眠い目を無理矢理開ければ、暖かい笑みを湛える沙織ちゃんが目の前にいた。
「沙希さんここは疲れますか?」
「うーん……ちょっと、ね」
 仕事を押しつけられてるのですか? と黄金聖闘士達を一瞥しながら問う声は、微かな冷気を伴っていて慌てて否定する。私自身は未だ見たことはないが、女神の八つ当たりがかなりの精神ダメージを与える事を噂で聞いている。青銅には優しいが、黄金には厳しい……と漏らしていたのはカノンさんだったか。
「ねぇ、沙織ちゃん。御願いがあるんだけど」
「あら沙希さん奇遇ですね。私からも御願いがあるんですのよ」
「え?」
 御願いという言葉とは裏腹に、苦虫を噛み潰したような表情で沙織ちゃんは押し黙る。何か言いにくい事なのだろうか? 暫くの後、重い溜息と共に沙織ちゃんは一つの封筒を差し出した。宛先も消印もない封筒の中には一通の書状。
「これって……!」
 文の最後にある署名に、目を疑った。
 これは……まるで。
「……憤慨ですわ」
 女神らしからぬ発言に、黄金聖闘士の人々が息を呑む。
「私に対する挑戦と受け取りました!」
「ちょ、ちょっと沙織ちゃん落ち着いて……」
「これがどうして落ち着いてられますか!!」
 怒りを顕わにする沙織ちゃんに、誰も近寄ろうとしない。声を掛けようものなら最後、自分が八つ当たりのターゲットになるということを、皆知っているのだろう。
「何故沙希さんなんですか!」
「ま、まぁまぁ……」
 沙織ちゃんの怒りの原因はこうだ。
 手紙の内容は至極簡単なもの。和平の証に冥界まで書状の返事を持ってこいと。ここまではいい。だが、問題は次だ。持ってくるべき人物は、女神の傘下に非ず、絶対中立の者であること。それ以外の者が持参した場合は和平にヒビが入るものと思え、と脅しにもとれる一文。
 今聖域に居る人達で、女神の傘下にいない者なんて……私しかいない。
 一体どこで私の存在を嗅ぎつけたんだか。
「私が返事を持っていけば、円満に収まるんでしょ? なら簡単じゃない」
「そうはいきません!! 沙希さんをあんなじめじめした根暗な場所に行かせるだなんて……! 私が許せないのです!!」
 根暗な場所……とは、酷い言われようだ。まぁ確かにじめじめしてて根暗だけど……。
「沙希さんも何か言って下さいな!」
「え? あ、うん……。あっ、ほら、一度観光してみたいし? 大手を振っていけるのは良い機会だと思うから……そんなに怒らないで? ね?」
「沙希さん……」
「心配しないで、沙織ちゃん」
「沙希さぁん……」
 あの人達に沙希さんの爪の垢を飲ませて差し上げたいくらいですわ! と物騒な事を言いながら抱きついてくる沙織ちゃんを受け止め、軽く背をさすって上げれば、涙に潤んだ瞳で見つめられた。きっと男性はこういう表情に弱いんだろうなぁ……と心の片隅で考えつつ、際どい発言をし続ける沙織ちゃんを宥める。
「私、自分が不甲斐ないです……」
「沙織ちゃん?」
「相手の要求を突き返す事が出来ないなんて……」
 女神として、折角手に入れた平和を崩す事は出来ない。だから要求を受けるしかない。全の為に、一を殺さねばならない決断しか取れない自分が情けないと、沙織ちゃんは嘆く。私よりもずっと年下なのに、沙織ちゃんは上に立つ者なのだ。
「本当に、悔しいです……」
 自分を殺し続ける、この若い少女が愛しくて。
「沙希さん?」
 思わず、ぎゅっと抱きしめた。
「沙織ちゃん、任せておいて。絶対有利に運んであげるから」
 記憶に残る傍若無人な姿を思い浮かべて笑みを漏らせば、私の笑いに気が付いたのか、沙織ちゃんが御願いしますね。と策士の笑みを浮かべた。
 結局御願いは言えなかったけど、結果的に私が望む事と同じになったから良しとしよう。

 

 出発を翌日に控えたある日、私の元に疲れ果てた姿のカノンさんが現れた。なんでも冥界行きのお供を沙織ちゃん直々に命じられたらしい。
「俺、ついさっき海界から帰って来たばっかだぜ……? 酷いと思わね?」
 カノンさんの他に、星矢君と瞬君も同行するらしく、現在支度に追われているとか。書状と届けるだけにしては随分と大げさな……と思ったが、カノンさん曰く、女神はヤル気だと。一体何をヤル気なんだかは分からないけど、この人選が沙織ちゃんなりの嫌がらせなのは理解出来た。
 自分を殺した人達が来るのは、確かに嫌な気分だろう。
「カノンさんは、純粋に道案内役なんですか?」
「……まぁな」
 聖戦時に単独で冥界を彷徨いていたのが今回の敗因。
「双子座の聖衣着てくんですか?」
「サガの野郎が煩くてな……」
 ソファーに身を預けて、片手で顔を覆うカノンさんは本当に可哀想だと思う。可哀想というか、不運というか……。
「珈琲飲みます?」
「ああ、頼む」
 お湯を沸かす為に席を立てば、背後から特大級の溜息が漏れた。
*<<>>
BookTop
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -