4

「余興に付き合わせてやろう」
 そういって不敵に笑ったギルガメッシュに、半ば拉致同然で連れられて来た場所といえば。
「お城? にしては……随分……酒臭いみたいだけど?」
 暗い中でも柔らかな光を纏っているような花壇は、私の好きな風景だ。だが、そんな風景を蹂躙するかのような酒臭さが周囲を支配している。
「一体何をどうしたらこんな――」
 前に立つギルガメッシュに問うよう視線を固定させれば、金ぴか王の傲慢不遜な声が場を支配するかのように響き渡った。
「アーチャー、何故ここに……」
 良く通る澄んだ女性の声に興味を引かれ、前に立つギルガメッシュの背後から顔を出す。
「アーチャー、って?」
「我の呼称だ」
「あ、なるほど」
 アーチャー、つまりギルガメッシュは弓を得てとするサーヴァントなのだろう。だが……弓を引くには甲冑が邪魔ではないのだろうか? 己の中で一連の動作を思い起こし、やはり弓を扱うにしては重装備なのではと結論づける。
「ねぇ、ギ……」
「おい、金ぴか。随分と可愛いマスターを連れてきたもんだなぁ!」
「え?」
 豪快に笑う巨躯相手に「マスターじゃないです」と訂正すれば、下座の方に座っていた女性と男の子が驚いたように声を上げた。
「え、っと。アーチャーさんが面白いもの見せてくれるって言ったんで付いてきただけなんですけど……ねぇ、まさかこの酒盛りのことじゃないわよね?」
 別段酒が好きでない人間にとって、他人の酒盛りに付き合うほど面倒なことはない。
「まさか、お酌させる為に連れてきた……なんて言ったら、怒るよ?」
「ほう」
 不敵な笑みを浮かべるギルガメッシュと対等に話す私を、座っていた巨体の人は「面白い」と声を上げて笑い出す。なんだかギルガメッシュと関わりを持ってから、面白い。と称されることが増えた気がするのは気のせいだろうか。
「余はライダーのサーヴァント、イスカンダルである!」
「あ、ご丁寧にどうも」
 イスカンダルと名乗った巨躯に詰め寄る男の子。きっと彼が、ライダーのサーヴァントにマスターと呼ばれる存在なのだろう。
「で、だ。お主の名はなんという?」
「申し遅れました。私は彩香と言います。アーチャーさんとは……一緒にクレープ食べる仲?」
「まこと、面白い娘よな! アーチャー!」
 豪快に笑うイスカンダルに薄い笑みを浮かべるギルガメッシュ。なんだこの構図は。やはり私は馬鹿にされる為に連れてこられたのだろうか? だとしたら……。
「彩香」
「……なに?」
 こちらの出鼻を挫くようギルガメッシュが私の名を口にする。いつの間に取り出したのか、眩い装飾を施された杯を手渡された。おそらく飲めということなのだろう。
「むほォ、美味い!!」
 一足先に酒を口にしたのかイスカンダルが歓喜の声を上げ、それにつられるよう金髪の女の子が杯を口元へ持っていく。興奮冷めやらぬといった雰囲気でギルガメッシュの酒を褒めるイスカンダル。そんなに美味しいのかと渡された杯に口を付けてみたが、元より酒の味があまり分からぬ身にとってはただの苦い水程度にしか思えなかった。
「私はお酒よりもココアの方が……」
「フン、酒の味も分からぬか」
「別に好きじゃないもの。ねぇ、本当何の為に私を連れてきたわけ? 余興って言われても別段面白いとは思えないんだけど……」
「焦るな彩香」
 ぐにゃりと背後の空間が歪み、何かが私の手元に落ちてくる。
「わわっ」
 落とさないように空いている片手で物体をキャッチすれば、ほのかな温かみを持っている缶だと認識出来た。
「あ、ココア」
「お前が望んだのだろう」
「……ありがと」
 あの変な空間にはなんでも入っているのだなぁと感心しながら手元に視線を落とせば、いつの間にか私の手にあった杯はギルガメッシュの手の中へと移動していた。やはり、ああいう豪華絢爛な物質は私のような庶民よりも、自らを王と豪語するギルガメッシュの手にあるほうがしっくりする。
「んーおいし」
 ほどよい暖かさのココアに舌鼓を打ちながら、何やら独特な雰囲気を醸し出した三人を邪魔せぬよう、外部席よろしく待避しているマスターと思われる人達の元へ向かう。
「隣、いいですか?」
「ええ、どうぞ」
 白い髪に赤い瞳が綺麗なお姉さんだ。
「はー……しかし、綺麗な花壇ですねぇ」
「花、お好きですか?」
 手塩をかければ応えてくれるものは好きなほうだ。
「そう、ですね。多分好きです」
「随分と曖昧なことをおっしゃるのね」
 くすくすと笑う彼女に曖昧な笑みを返し、温くなっているココアを啜る。
 花は好きだ。見ていると心が和むし、華やかな気分にもなれる。けれど……この存在こそが自分を理から外す原因になっているのだと思うと、素直に喜べない。時間の経過を数えるのも面倒になるくらい昔、誰か、と約束をした。当時の事を詳細に思い出そうとするのは困難だけれど、魂に刻まれた想いは色褪せることなく私に時間を紡がせる。
 最近、ふと考えることがある。
「……」
 険呑な雰囲気に発展した三人を遠目で眺めながら目を伏せ、瞼の裏の風景を見つめる。遠ざかる背中が、似ているような気がする。朝日のように輝く色が、似ているような気がする。
「彩香さん、でしたっけ」
「あ、はいなんでしょう?」
 呼ぶ声に思考を放棄し、隣に座るお姉さんに視線を合わせた。
「変な事を聞くかもしれないけれど……気を悪くしないでね?」
「はい?」
「貴女は……人間?」
 問われた言葉が適確すぎて、思わず息を呑む。なるほど、ギルガメッシュが言うようマスターと呼ばれる魔術師にはなんらかの人を越えた力が備えられているようだ。
「ちゃんと生きてる人間ですよ?」
 一応、と心中で付け足せば、話題が一段落するのを見計らったのように周囲の空気が一転した。
「ぐえっ!」
 急激に掛かった重力に蛙がつぶれたような声を出せば、「無様だな」と上から高慢な声が降ってくる。
「ギブギブ、締まってるから!!」
 気道を確保するよう両手で自分の襟元を掴めば、カランと乾いた音を立ててココアの缶が地面を転がる。ああ、勿体無い。まだ少し残っていたのに――。
「あのねぇ、身長差とか考えてよ」
 地面に降り立ち隣に立つギルガメッシュを見上げれば、辺りの風景が変わっている事に気付いた。
「あれ、さっきまでお城に居たよね?」
「固有結界だ」
「固有結界?」
 見ろ、と言わんばかりにギルガメッシュが指差した先には、先ほどイスカンダルと名乗った巨躯が数多の軍勢を率い鬨の声を響かせる。
「うっわ、すっごい音」
「フン」
 映画のワンシーンを見ているようだ。騎馬隊が駆け抜け砂埃が舞う。思わず口を開けてしまうような光景も、ギルガメッシュは一笑に付し「目障りだな」と小さな呟きを落とした。
「王は一人居れば良い」
「そういうの、自己中心型っていうんだよ?」
 知ってた? と続いて問えば、ギルガメッシュは悦を宿した赤さをこちらに向け言い放つ。
「雑種如きが王と吼えるのがそもそもの間違いなのだ。正を教示してやるのも、上に立つものの務めよ」
「うわぁ……」
 自分の財宝をひけらかすとこといい、他人を見下す姿勢といい、なんというか……子供の喧嘩を見ているような気分に陥る。
「ギル様の辞書には、遠慮、とか慎ましくって単語が存在しないわけ?」
 疑問を投げかけてしまう際ギルガメッシュの名を呼んでしまった事に対して僅かな焦りを覚えたが、そんな私のミスに気がつかないのか、ギルガメッシュは声高らかに笑いを響かせながら言葉を紡ぐ。
「慢心せずして、何が王か!」
 聞きなれてしまった笑い声をBGMに、この人には何を言っても無駄なんだろうなぁ、と妙な疲労感が胃の辺りに溜まるのを感じた夜だった。
 結局――私、何しに来たんだろう?
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