3

「今度は児童失踪かぁ……よくよく危険な街ですこと」
 音を立てて新聞を捲りながらクレープを囓る。日課となった仕草に以前と違うことがあるとすれば……いつの間にか隣にギルガメッシュが居るようになった、ということだ。高笑いをして帰って行ったのを見送った翌日、同じ時間に彼は私の前に現れた。「来い」と指定したのはギルガメッシュだが、まさか本当に出現するとは……。予想外の出来事に、危うく食べかけのクレープを取り落としそうになったのを覚えている。
「これはなんだ」
「今日のはツナ野菜。たまには甘い物以外もいいかな、って」
「ほう」
 隣に座り何をするわけでもなく、クレープを囓る。一体何が面白くて同じベンチに腰を下ろすのかと逡巡してみたが、やはり答えは出なかった。
 ただ……別にギルガメッシュという存在が隣にいるのは苦痛ではない。だから、私も気にしないようにしているのだが……今日は何かが違った。具体的にはよく分からないけれども、普段とは違う違和感を感じる。そして違和感の元は隣に座る男から発生しているようだと気付き、原因を探るべく金の存在を眺めてみた。
「なんぞ我の顔についているか?」
 クツクツと咽の奥を震わせギルガメッシュが問う。
「や、なんか……んー……なんだろ。今日のギル様には違和感がある」
「ほう?」
 楽しい事を見つけたかといわんばかりにギルガメッシュがこちらに向き直る。豪華なファー付きジャケットとが暖かそうだと関係無いことを考えつつも、違和感の正体は分からない。首を捻りながらギルガメッシュを見つめ、クレープを食べ進む。やはりおかず系よりも甘いクリームの方が好みだと思いながら、ふとある事に思い至った。
「わかったかも。ギル様、なんかお酒臭いんだ」
「酒とな」
「そうそう、なんかね……果実酒っぽい、甘酸っぱい匂いがする気がする」
 口にすれば違和感の正体がハッキリし、清々しい気持ちになれた。しかし、酒臭くなるほど朝まで飲んでいたのかと思うと、サーヴァントという存在も暇なのだと思ってしまう。
「聖杯の為に夜戦ってるんでしょ? なのにいいの? 一晩中お酒飲んでたりしても」
 聖杯戦争と呼ばれるものが深夜行われていると教えてくれたのはギルガメッシュ本人だ。だから、無駄死にしたくなければ夜は出歩くなと釘をさしてくれたのも。なのに参加者である存在は、午前中という時間帯まで酒の匂いを漂わせるほど酒と付き合っていたとみえる。本当に聖杯戦争なんて行われているのかと訝しんでしまうのも仕方ないだろう。
「我の言葉を疑うか、彩香よ」
「そういうわけじゃないけど、その、なんていうのかな……。個人的には戦争とかそういう物騒なものに関わってないほうが安心出来るっていうか、なんていうか……」
 私の言葉に赤い目を細め、先を紡げと無言でギルガメッシュが圧力をかけてくる。
「だって、顔見知りの人が翌日新聞とかニュースに出ちゃってたら……ねぇ?」
「我は我が庭を荒らす賊を退治するだけぞ。それともなにか? お前は我が負けるとでも」
「勝ち負けの問題じゃなくって、知ってる人が怪我したら良い気分にはならないでしょ?」
「フッ……クッ、フハハハハハ!!」
「な、なにまたいきなり!?」
 空を仰ぎ爆笑しはじめるギルガメッシュ。そんなにおかしなことを言ったかと己の発言を振り返ってみたが、至極当然なことしか言っていないような気がした。
「ギル様の笑いのツボが分からないわ……」
 がっくりと肩を落としながら言った私をギルガメッシュは面白いと形容する。普通の事を普通に言って何が面白いのかさっぱり理解が出来ない。それともアレか。ギルガメッシュの周りには彼と同じような、斜め上方向にぶっとんだ考え方の持ち主しか存在しないんだろうか。
「彩香よ、お前が最も恐れることはなんだ?」
「え?」
 突然投げかけられた問いに顔を上げれば、笑みを貼り付けたままのギルガメッシュが真っ直ぐこちらを見つめていた。
「怖いもの、ねぇ……」
 怖い存在なんて沢山ある。害虫と呼ばれるものも怖いし、天災も怖ろしいと思う。
 でも、一番怖いものと問われたら――。
「王の前で申してみよ」
 真っ直ぐにこちらを射貫いてくる赤さを受け止め、ゆっくりと口を開けば恐怖心からか咽が震える。そう、数多の現象を差し置いてでも、怖いと思ってしまうことは。
「忘れられる……いや……。私は、私が忘れてしまうことが、一番怖い」
 忘却しつづける人生の中で、大切なものをいつか忘れてしまう可能性が存在するのが、なによりも怖い。
「クッ……」
「……? ギル様?」
 高笑いを響かせないものの、ギルガメッシュの肩は小刻みに揺れ、笑っているのだと理解出来る。人が真面目に答えたというのに……弱点を聞いた上で笑うとは、どこまでも失礼な王様だ。
「お前が、ソレを、口にするのか」
「え?」
 堪えきれないと高笑いを響かせ、ギルガメッシュは笑い続ける。
「なんなのよ、もぅ」
 笑われてはいるが、嫌な感じはしない。馬鹿にされているというよりは、本心から可笑しいのだとギルガメッシュは笑う。
「彩香」
 笑いの合間に呼ばれる私の名前は、息苦しそうな音を伴って耳に戻ってきた。
「滑稽だ、実に滑稽だ! お前はやはり面白い女よ!」
「はぁ……お褒めに預かりまして」
 投げやりな答えすら可笑しいのか、ギルガメッシュの笑いは止まることを知らない。
「お前を道化と称するのも惜しい」
 ようやく笑いを収めたギルガメッシュは、何を思ってか片手を私の頬に添えた。冷えた頬に触れる指先は温かく、反射的に目を細める。
「よいぞ、彩香。褒美をとらせる。希望を述べてみよ」
「えええ? 今度は欲しい物を言えっていうの?」
 まったくもって訳が分からないにも程がある。怖い物を言えとか、欲しい物を言えとか。この金ぴかさんは私をネタに暇つぶしをしたいのだろうか?
「お前とて欲の一つや二つあるだろう」
「そりゃ、欲のない人なんてあんまいないと思うけど……いきなり欲しい物言え、って言われてすぐに欲を口に出来る人もあんまいないと思うけどなぁ」
 まぁくれるというならば、願いを口にするのもいいかもしれない。
「ココアが飲みたい。温かいやつ」
「……ココア、だと?」
「そうそう。ここ寒いからさ。くれるっていうなら、ココアおごってほしいなぁ……とか」
 ふむ、と考える素振りを見せた後、ギルガメッシュは「つまらん」と添えていた手を離した。
「お前にはそのような粗末な願いしかないのか?」
「粗末っていうか、今叶えられる願い事を口にしてるわけ。それに……身の丈に余る願い事をしたところで、結局破綻するのは自分だしね。降って沸いた幸運なら、その場で消費しちゃうほうが確実でしょ?」
 だからココアを驕れと傍にある自販機を指さす。
「ならば、本来の望みはなんだ」
「本来の?」
 鸚鵡返しで問う私を置いて、ギルガメッシュが自販機の方へ歩いて行く。もしかしなくてもココアを買ってくれるのだろうか? だとしたら、意外と……律儀な奴なのかもしれない。
「望み、ねぇ……それこそ誰かに叶えてもらうようなモノではないかなぁ……。無理だって分かってても、願いを叶える為に頑張らなきゃいけないのは自分なわけだし」
「諦めを口に乗せ、なお足掻くか彩香よ」
「ん?」
 ガコン、と缶が落ちる音に被るよう、ギルガメッシュが何か言った気がする。
「ギル様、何か言った?」
「王からの下賜品ぞ」
「……どうも」
 安い贈り物があったものだと内心思うが、手にした缶からじんわりとした熱さが伝わってきて幸せな気分になれるから、やはりこれは褒美とやらに値するのかもしれない。
「おいし」
 作られた甘さが咥内を満たす。たかが百円、されど百円。小さな幸せを噛みしめる私を見下ろし、ギルガメッシュは「安いものよな」と失笑とも苦笑とも、嘲笑ともとれる声色を落とした。
「いいじゃない、小さな幸せは大事だよ?」
 小さな小さな出来事を、気の狂いそうな長い年月積み重ねてきた。
「っ、ギル様?」
 不意にギルガメッシュの指先が私の口端に触れ、危うく持っている缶を取り落とすところだった。今度はなんだと離れた指先を目で追えば、ギルガメッシュの指先が僅かに汚れていることから、彼が私の口についたココアを拭ったのだと気付く。指摘してくれればいいのに、なんでわざわざ。
「浅ましいぞ」
 告げられた音に批難の念を込めギルガメッシュを見上げれば、柔らかそうな金色が風に揺られ青い空に広がっているように見えた。
「……」
 一瞬……ほんの一瞬。金色と青のコントラストが、鍵を掛けて大切にしまってある風景に似ている気がして。
「……あげないからね」
 幻影を振り払うよう、残っていたココアを一気に流し込んだ。
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