5

「余興に付き合わせてやろう」
「あ、結構です。間に合ってます」
 つい先日聞いた言葉に笑顔で反論したが、ギルガメッシュ相手にこちらの意見が通るハズもなく。前回同様拉致状態で連れてこられた場所といえば――。
「すっごい!!」
 眼下に広がる灯りを遠目に眺めながら上空を見上げれば、雲間から白い光がキラキラと輝いている。
「ねぇねぇ、空が近いよ!」
 興奮冷めやらぬ私の声色をギルガメッシュは一笑し、全体が黄金色に輝いている船の縁へ片肘を乗せる。つまらなそうに眼下を見下すギルガメッシュを余所目に、私は広い甲板の上を歩き回っていた。正直、金と宝石で彩られた船に興味はないが、船という存在が宙を滑っているという現状は面白い。
「今日が晴天だったら良かったのに」
 雲一つ無い空が広がっていたならば、今頃自分達の頭上には数え切れない程の星々が輝いていたことだろう。そう思うと半分以上が雲に覆われた現状は、少しだけ残念だ。
「王よ」
 背後から響いた声に視線を向ければ、ギルガメッシュが時臣と呼ぶ人間がこちらを見つめていた。
「彼女は、一体……」
「彩香」
「ん? なに?」
「我の退屈しのぎだ」
 呼ばれた音に反応して声を上げたが、どうやらギルガメッシュが私のことを時臣という人に説明しただけだったらしい。
「えっと、初めまして」
「……初めまして、お嬢さん」
 挨拶を交わすが、それ以上どうやって話題を振ったらいいのか分からない。時臣さんの纏う雰囲気からして私のことを良く思っていなそうなのはたしかだし、こちらとしても嫌悪感を抱かれている人と友好を深めたいとは思わないし……なにより、マイナスからのスタートを反転させるのは面倒だ。
「ギル様は下ばっか見て空は愛でないわけ?」
「――ッ!」
 天を仰ぐのは、と以前声高らかに言っていたような気がして問いかける。私の声に反応して視線を動かしたギルガメッシュを見、何故か時臣さんが息を呑んだ気配がした。
「王に対して暴言を吐くか」
「暴言っていうか、前ギル様が自分で言ったことじゃない。駄目だよ? 自分の発言にはちゃんと責任とらないと」
 船縁に片頬を付きつまらなそうな表情を浮かべたままのギルガメッシュに近づき、彼が何を見ているのかと眼下に視線を落とす。
「……なにあれ」
 一瞬タコかとも思ったが、それにしては見た目に問題あり、だ。無数の触手はおおよそ人間が住むこの世界に相応しいものでなく、魔物という敬称こそが似つかわしい。
「あれがギル様の戦う相手なわけ?」
「戯れ言を」
「あ、違うんだ?」
 眉間に深い皺を刻みギルガメッシュは醜穢なる眺め、と眼下の光景を吐き捨てた。赤い瞳にはいつもの鮮烈さはなく、どこまでも蔑んだ色が浮かんでいるだけ。
「つまらなそうだね」
 思わず漏れた小言に、ギルガメッシュの瞳が一瞬こちらを捉え、また眼下の光景に戻っていく。
「王よ、あの巨獣は御身の庭を荒らす害獣でございます」
 つまらなそうなギルガメシュとは一転、時臣さんはどこか慌てた様子でギルガメッシュに魔物の退治をお願いしている。おそらく、時臣さんがギルガメッシュのマスターという存在に当たるのだろうけれど、それにしては随分謙っているような気がしなくもない。
「真の英雄たる神威を知らしめる好機です。どうか、ご英断を!」
 時臣さんの言葉にギルガメッシュは今までになくつまらなそうな顔を晒し、優雅な仕草で右手を一振りする。背後の空間に現れた武器が一斉に眼下の魔物へと直進していく様を眺め、なんとなくギルガメッシュのアーチャーとしての戦い方が分かったような気がした。
「弓じゃなくって、投擲ってわけね」
「なんぞ言ったか」
「いいえ、なにも?」
 地上から響く轟音に視線を移動させれば、見なければ良かった。と思うような光景を目の当たりに、無意識で眉根が寄る。うねうねと気持ち悪く蠢く魔物。昔顕微鏡で見た微生物に似ていると思いながら船縁から離れる私を追ってくるギルガメッシュの視線。
「――引き揚げるぞ。時臣。もはやあの汚物は見るに耐えぬ」
 何故かこちらを見据えたまま言葉を紡ぐギルガメッシュに、時臣さんの焦りの言葉が空に響いた。時臣さんが何に焦っているのかはしらないが、ギルガメッシュが時臣さんのサーヴァントだというならば、少しくらい話を聞いてあげるのが普通なのではないだろうか?
「斃してあげたら?」
「我に指図するか」
「指図じゃなくって、提言? だってギル様は時臣さんのサーヴァントなんでしょ?」
「フッ、彩香。間違えるな。我が時臣に召還されてやったのだ」
「……さいですか」
 どこまでも偉そうな人物もいたものだ、と内心呆れ返ったが、ギルガメッシュが殊勝な方が気持ち悪いと脳裏に浮かんだ想像を振り払う。
「そこまでいうなら、お前がどうにかしたらどうだ」
「え?」
「え?」
 ギルガメッシュの言葉に、私と時臣さんの声が重なる。一体何を言い出してくれるんだ、この金ぴかさんは。やれと言わんばかりに顎で眼下を指し示すギルガメッシュに、今一度不気味な魔物に焦点を合わせてみる。
「……」
「どうした? 彩香」
 ニヤニヤと嫌味ったらしい笑みを貼り付けるギルガメッシュにため息一つ漏らして、私は改めて地上の光景に背を向けた。
「嫌よ、面倒だもの」
「フッ、フハハハハ!」
「えー……そこ笑うとこ?」
 高笑いを響かせるギルガメッシュに呆れ果てた視線を送っている間にもなにやら時臣さんは深刻そうな顔で考え込んでおり、先程までの慌てた雰囲気とは一転、凜とした空気を纏いギルガメッシュに何か話しかけていた。
「王よ、私はマスターの相手を」
「良かろう。遊んでやるがいい」
「え? え!?」
 話が飲み込めないと彷徨う視線の先で、急に時臣さんの姿が消えた。船から飛び降りたのだと理解するのに一拍の猶予を必要とし、慌てて時臣さんの姿を確認すべく船縁から顔を出したが、私の視力では時臣さんの姿を確認することは出来なかった。
「彩香」
「なに?」
 呼ばれた声に顔を上げれば、愉悦の色を宿したギルガメッシュと視線が絡む。
「振り落とされぬよう、しっかりと掴まっておけ」
「……はい?」
 嫌な予感が背筋を伝ったところで、今までにないスピードで船が動き出した。
「ひええええ!」
 重力? なにそれ美味しいの? とでもいいたげな物理法則を無視した動きに、口から内蔵が出そうな気分に陥る。ギルガメッシュが誰と戦っているのかなんて分からないけれど、船から伝わる振動にただごとではないと理解は出来る。
「ちょ、っと! 一般人がいるのも忘れないで……よね!」
 急降下し始める船に、シートベルトがないのが悔やまれる。このまま墜落死したら、私という存在は亡くなるのだろうか? そんな疑問が脳裏に浮かび始めたところで、今度は船とは違う重力が私を捉えるのに気付いた。
「な――ッ!」
「せいぜい、舌を噛み切らぬよう注意することだな」
 閉じた視界を彩るかのよう落ちてくる声と、身を覆う冷たさを感じたのはほぼ同時だった。



 ぽたりぽたり、と何かが落ちる音がする。
「あれだけの光を魅せられてもなお、お前は奴を認めぬのか?」
 身を冷やす冷たさと共に降ってくるのは二人分の声。
 ぼんやりとした思考の中で聞き覚えのある声に意識が浮上するのを感じながら、腹部を圧迫する熱さに眩暈を覚えた。
「な、なに……?」
「お? 起きたみたいだぞ」
「寝過ぎだ」
 焦点の合わない視界に映るのは、船の上から見ていたのと良く似た景色。ただ、先程よりも地上に近い気がする。
「さむっ……」
 体の体温を奪うような寒さに身を捩ろうとして、ようやく今自分がどんな状態なのかを把握出来た。隣にある金色の角度から察するに、どうやら私は荷物よろしくギルガメッシュの小脇に抱えられているようだ。
「……苦しいんですけど」
 この体勢では頭に血が上ってしまう。それに、両手両足が宙ぶらりというのはどうも落ち着かない。下ろしてくれとギルガメッシュを見上げ視線で訴えれば、思ったよりも優しい手付きで両足が地面を踏みしめた。
「って、何処よここ!?」
 地面と錯覚したのは鉄柱で。妙な高度に落ちないようにと隣に立つギルガメッシュに抱きつく。
「な、なんで橋の上にいるわけ!?」
「のう、英雄王。説明してやったらどうだ」
 面白いものを見たと笑うのは、たしかイスカンダルさんだ。
「彩香、我にしがみつくでない。汚れるであろう」
「よご、ってちょっとその言い方酷くない!?」
 私がずぶ濡れ状態なのに、何故ギルガメッシュは髪の毛一筋濡れていないのだろうか。この差はなんだと考えるが、種明かしが分からないせいで答えが出てこない。
「風吹いてて寒いし! ここから足滑らせて落ちたらどうするのよ!」
 落ちるならばお前も道連れだと更に強い力でギルガメッシュに抱きつくが、ギルガメッシュのことだから落ちる時は人の事を足蹴にして自分だけ助かるんだろうなぁと、ちょっと切ない気分になった。
「はー……一体なにがどうなってこうなってるのやら」
 濡れた髪から落ちる雫に眉を顰め改めて視界を検分すれば、先程までいた巨大な魔物が消えていることに気付く。ギルガメッシュが斃したということはないだろうから、これまた隣で笑っているイスカンダルさんが斃したのだろうか? 何にせよ居なくなったのは良いことだ。
「あーもう、本当最悪!」
 吐き捨てるように声を出しギルガメッシュを見上げ、しがみついていた距離を少しだけ離す。
「言いたいことがありそうだな?」
 ニヤリ、と口端を弓形に吊り上げ、ギルガメッシュは「良いぞ、発言を許す」といつもの高慢さで言葉を綴る。
「王様直々のお許しに、言わせて貰いますけどねー!」
 空いている片手をギルガメッシュに突きつけて。
「もう二度と! ギル様のいう余興になんて付き合わないからね!!」
「ぶはっ!! こりゃまた威勢のいいお嬢ちゃんだなぁ!! おい!」
 私の回答が予想外だったのか、ギルガメッシュは何度か赤い眼を瞬かせ閉口し、それとは正反対にイスカンダルさんの大笑いが暗闇の中に響き渡る。
 王様と呼ばれる人物に高笑いはデフォルト装備なのかと呆れながら、いつまでも止むことのない笑い声を聞いていた。
 教訓。ギルガメッシュは災いの元である。
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