祭リク10・11・51

 コトリと小さな音を立て青い部屋の空気が揺れる。
「ただいま戻りました、我が主」
 片膝を付いて頭を垂れる姿は騎士そのもの。主と呼ばれるのに違和感を拭えないが、サーヴァントの願いを叶えてやるのも召還した者の務めということで批判したくなる言葉を胸の内に仕舞い込む。
「お帰りなさい、ディルムッド。報告をお願い出来る?」
「ハッ」
 聖杯戦争の参加者がアリーナ以外の場所で暗殺されているらしいという噂は、情報に疎い私でも知っていた。誰が何の為に行っているのか分からないが、己に火の粉が降りかからなければ無視する予定でいたが、事態は思ったよりも深刻で見て見ぬ振りを貫くことが難しくなってしまった。
「お加減はよろしいのですか? 主」
「あ、うん。御陰様で」
 数時間前受けた攻撃は少なからず私の精神にダメージを残した。
 短剣らしきもので傷付けられた傷は綺麗に塞がったが一抹の不安は残る。キャスターさんの持っていたルールブレイカーに似た短剣。見た目よりも浅い傷は致命傷には至らないけれど……。
「ディルムッド」
「御用命ですか、主」
 眉目秀麗なランサーのサーヴァントは、相も変わらず涼しい顔で私の言葉を待っている。
「ちょっと気になることがあるのだけれど」
「なんでございましょう」
「そこのソファーに座ってくれる?」
 寄りかかっていた窓辺から体を離し、ディルムッドの片腕を取りソファーへと近づく。大人二人が座っても十二分の広さがあるソファーにディルムッドを座らせれば、自然と見下ろす形になり珍しい視点から彼を観察することが出来た。
「主……?」
 癖のあるディルムッドの頭に片手を置き精神を集中させる。
 青き舞台において自らの魔力がサーヴァントに上手く注がれていないことは承知だが、それにしてもディルムッドの魔力残量が少なすぎる気がするのだ。
「正直に答えて、今はどれ程のレベルなの」
「……」
 主語の無い問いがキチンとサーヴァントに伝わっていることを確信しながら、僅かに眉根を寄せたディルムッドを見下ろす。
「ディルムッド」
「……アリーナに潜む雑魚相手に支障はございません」
「マスター相手だと厳しいということなのね」
「……申し訳ございません」
「貴方が謝る事じゃないでしょ」
 嘆息しながらどうすべきか逡巡する。
「ディルムッド、私達は最期まで勝ち残らねばならないの。それは分かるわね?」
「勿論です、我が主」
「一応言っておくけど、私と貴方はマスターとサーヴァント以外の何ものでもないからね?」
「主?」
 結局考えたところで手段は一つしかないのは分かりきっている。
「悪夢だったのだと」
 問題は彼の騎士道を傷付けてしまわないかどうかだ。出来ることならサーヴァントの願いをマスターとして叶えてあげたいと思う。
「疲労による悪夢を見たのだと、忘れて頂戴」
 筋張った首筋に片手を添え瞬きを繰り返す金の瞳を見つめたまま、ソファーの背もたれにディルムッドの体を押しつけた。
「あっ、主!? なにを――ッ」
 筋肉質な太ももの上に乗り上げ、引き締まった腹部に片手を沿える。
「以前言ったと思うけど、私面倒事は嫌いなの」
 負けることは許されない。
 勝ち続けるしか選択肢はない。
 薄い皮膚の下にある喉仏を指先でなぞり、驚愕の色を宿す瞳を見下ろす。いつだったか私とギルガメッシュは似ていると言われた事があるが……今の私もあのような捕食者の色を宿しているのだろうか。
「剣であり盾であるサーヴァントが本調子じゃないと困るのよ」
 魔力が充填されたらこのかさついた唇も潤うのだろうかと馬鹿な事を考えながら、薄い唇に己のソレを押し当てる。互いに目を開いたまま色気のかけらも存在しない状態で交わす口付けは、体液交換以外の目的を持たない。
 顔は満点以上の存在だ。イケメン好きの私にとったら文句の一つもないが、お堅いのが少しばかり問題か。
「っ、ん……ッ」
 熱い舌を絡ませればゆるりと体内に満ちあふれている魔力が流れ出ていくのを感じる。これは口付けだけでも十分な魔力交換が可能かもしれないと頭の隅で考えていたら、いつの間にか後頭部に回されていた手に引き寄せられ探るだけの口付けが深くなる。
「ちょっ、んっ……ぅ」
 貪るような口付けに息苦しさが募る。交換するというよりは奪い取るような勢いのサーヴァントに、やはり魔力が尽きかけていたのかと必死に酸素を取り込みながら思い、一段落付くまでは耐えるしかないと縋るようにディルムッドの胸元に両手を乗せた。
「――主」
「……ちょっとは、治まった?」
「もうしわけ……ございま、せん……」
 酩酊者のようなうっとりとした色を瞳に乗せ、口端から零れた銀糸をディルムッドは赤い舌で舐めとった。
 一つ一つの仕草にエロスを感じる男だと妙な感心を覚えながらも、ディルムッドの魔力は未だ不十分。分かっていたこととはいえ、今日のアリーナ探索は諦めなくてはならなそうだ。
「ディルムッド、武装解除を」
「はっ……は?」
「は? じゃないわよ、魔力武装を解除しなさいって言ったの」
「ですが、主……」
「その主の命令よ、聞けないとは言わせないわ」
 男としての誇示が否定するのか、ディルムッドは行動に移そうとしない。ただでさえ時間は有限で一刻も無駄に出来ないというのに……。いつまでも煮え切らない男に構っているのは無駄であり面倒だ。
「いいわ、貴方がやりたくないというのであれば」
 口の中で小さな音を紡ぎ、片手でディルムッドの体を辿る。
「ッ、おやめくだ……! 主!」
「……既に準備は万端ってこと」
 移動した視線の先で自己主張をする立派なモノを見つめながら、今更この男は何を恥ずかしがっているのかとため息を落とす。
「あ、あるじ……」
「あまり情けない声を出さないでもらえる? 私が虐めてるみたいじゃない」
 実際ディルムッドにしたら小娘にいいようにされるのは、屈辱以外の何ものでもないだろう。だが、残念なことに私は彼よりもずっと年上で、老成しきった存在なのだ。
「魔力供給だと割り切ってよ」
「ですが」
「何、まだ不満があるの」
「不満といいますか、その……」
 怒張する陰茎に触れ指先を動かせば、眉根を寄せディルムッドが歯を食いしばる。私が彼のマスターだからなのか、それとも純粋な快楽ゆえか。何にせよ彼に苦痛に似た表情をさせているのが私だと思うと胸の内に暗い喜びが沸き上がる。
 他人をいたぶる趣味など持ち合わせていないが、己が優位に立つというのもなかなか楽しいものだ。
「主、わたっ、し……はっ!」
「なに?」
 熱い塊に口付けを落とせば息を呑む音が頭上から聞こえてくる。
 ディルムッドの言葉を待つ間もゆっくりと彼を追い詰めていく。早く供給を済まし万全の状態でアリーナの探索に向かわねば。
「貴女を……お慕い、して……しまいそうで」
「……は?」
 今後のことを考えていたせいで、一瞬理解が遅れた。
 聞き間違えでなければ、慕うという単語が聞こえたような気がしたのだが……気のせいだろうか?
「ディルムッド?」
「――で、ですから……ッ!」
 私の両肩を掴み普段の彼からは考えられぬような表情で、ランサーのサーヴァントは怒鳴るように言葉を紡ぐ。
「これ以上されたら忘れることなど出来ず、貴女をお慕いしてしまうかもしれない!」
「……」
 体から始まる関係だとでも言いたいのだろうか、このサーヴァントは。
「えーっと」
 オトメン。何処かで聞いたような単語が脳内に繁殖し、続けるべき言葉を奪っていく。
「魔力供給、じゃ納得出来ない?」
「納得するしない以前に、私が貴女に抱いている許されざる想いを容認するような行為は止めて頂きたい」
 散々人の咥内を貪った男が言う台詞かとツッコミを入れたがったが、ディルムッド相手に色々言っても暖簾に腕押し感が否めない。
「令呪使って命令しようか?」
「お止め下さい!」
「……面倒だわ……」
 そそり立つ彼自身を片手で思いっきり握り、ディルムッドが息を詰めたのを確認し薄い唇に軽く触れる。
「別に、いいわよ。好きになったって。貴方といる間は、私は貴方だけのマスターなんだから」
 聖杯戦争が終わればサーヴァントである彼は座に還る。戻ってしまえば私との事も記録の一ページに成り下がるのだから、共に居る間にどんな感情を抱いても彼にとって問題や汚点にはならないだろう。
「好きだと思うなら、好きになって。私の為に全力を尽くして」
「……彩香」
 初めて呼ばれた音に背筋が震える。普段は主としか呼ばぬディルムッドから、名を呼ばれるのは心地良い。
「観念してね、ディルムッド」
 何度目か分からぬ口付けを交わしながら、ランサーのサーヴァントを捕食すべく腰を落とした。
「っぁ……ンッ」
 ディルムッドと口付けを交わす間に潤滑代わりの液体を体内に塗り込んだとはいえ、他人の一部を受け入れるのは苦しさが伴う。
「貴女の中は……熱いですね、彩香」
 感嘆の息を付きながら私の体を抱きしめるディルムッドに、今まで渋っていたのはどこの誰だと問い詰めてやりたい気分に陥った。
「あ、ふっ……! んぁッ……ッ」
 ゆっくりと落としていた腰を一気に引き下げ、人の胸に顔を埋めたサーヴァントは熱い息を吐き出し続ける。服越しに与えられるキスにむず痒い気持ちになりながら、乱れる息を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。
「主……我が、主……」
 どくどくと脈打つディルムッド自身に眩暈がする。気持ち良いとか考える以前に、ただただ熱い。
「ディ、ル……あッ!!」
 深く繋がった状態でディルムッドが下から突き上げると、こつりと最奥に彼自身が当たる感覚がし、背筋を電撃が走り抜けた。
「あっ、ちょ、ッんっ……ディ、ルッ!!」
「申し訳ありません」
 聞き慣れた言葉が聞き慣れぬ色を持って耳朶を擽る。口付けの時同様彼のサーヴァントとしての本能が要求するのか、始めに渋っていたのは演技だったのかと思いたくなる勢いで、ディルムッドは人の体内を蹂躙し始めた。
「やっ、まって……あっ、あぅっ、ッ!」
 卑猥な水音が鼓膜を犯し、水の中にいるような錯覚を引き起こす。
「彩香、彩香……ッ」
 荒い息を付きながら名前を呼ばれると、無意識に締め付けてしまう己の体が恨めしい。
「――ッ、んっ……ッ!! ふっ、あんっ……ッ!!」
 なるべく声を押し殺そうと奥歯を噛みしめるが、濁流のような快感に全身を支配されカチカチと堅い音が口から漏れた。
 教室を模した部屋に響く水音と二人分の荒い息。まるで悪い事をしているような気分だと自嘲しながら、より完全なパスを繋げるべく快楽を追う。
「ディ、ル……ゥ! んッ、ハッ……アァッ!」
「彩香様――ッ!」
 名を呼ばれ背中を掻き抱かれる。逃げる事を許さぬと言いたげな逞しい両腕に拘束され、私に出来る事といえば甲高い悲鳴を室内に響かせるだけだった。
「ッ、くッ!」
 一定間隔で体内に注ぎ込まれる熱い飛沫。
 目も眩むような快感に脳髄まで侵されながら、私を抱いたままのサーヴァントに魔力が流れ込むのをぼんやりと感じていた。



「主……お加減は」
「私は貴方にデリカシーという単語を教えてあげたい」
「……申し訳ございません」
 飢餓状態に陥っていたのか魔力供給という名の性行為は一度では終わらず、私の意識がブラックアウトするまで啼かされ続けた。
 元から美人なディルムッドだが、ピチピチの十代ですと言わんばかりの肌艶は見ていて苛立ちを覚える。貪り食われて無くなる魔力ではないが、疲労は体と精神に蓄積され数時間寝た程度では無くならない。
「あのような濃密な魔力を身に浸したのは初めてで……」
「ディルムッド」
 恍惚と語り始めそうな彼の言葉を遮り、顔筋のみで作った笑みを向け言う。
「アリーナの探索、独りでいけるわね?」
「このディルムッドにお任せ下さい、我が主」
 単独行動スキルがなくとも十二分に動けるだけの魔力は持っていったハズだ。
「……はぁ」
 立ち去るディルムッドの背が楽しげだったのは、見間違いだと思っておこう。
 全身を覆う気怠さにため息を吐き出し、今日は一日寝ていても許されるだろうと冷えたベッドの中へ潜り込むと、ここぞとばかりに全身が悲鳴を上げ思わず涙が出そうになった。
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