祭リク50

「随分と楽しそうだな?」
 頭上から振ってきた音に軋む体に鞭を打つ。
 なんたる偶然。なんたる因果。悪夢以外の何物でもない現状において、聞き慣れた音だけが安堵感を与えてくれる。
「好きで……寝てる、わけじゃ……ないですよー……」
 痛みを訴える肺を叱咤し無理矢理音を紡げば、ヒュウヒュウと耳障りな呼吸音が体の奥で木霊した。
「遊びの時間は疾うに過ぎた。起きろ」
「それが、できれば……苦労なんて、しないわよ」
 それでも言われた事を遂行出来ないのが悔しくて、悲鳴を上げる上体を意地で起こす。ゆらゆらと青く煌めく世界を無感動に見つめながら、声の主ではなく私に屈辱を与えてくれた木偶人形に視線を移す。
「まったくもって、やってらんない」
 自分以外の器に押し込められたような窮屈感に苛立ちを覚えながら、空間の揺らぎを肌で感じ取る。ほどなく木偶人形は地に沈むだろう。確定された数秒後の未来を脳裏に描き、私は軽く目を伏せた。



「説明しろ彩香」
「説明しろって言われてもなぁ……私も良くは分かってないんだけど」
 無残に砕け散った木偶人形を見つめながら、自分が此処に現れた時の事を思い出す。普通通りに生活していたのに、気付いたら全身筋肉痛状態で床とお友達になっていた。一つ分かっている事があるとすれば、誰かが私を呼び寄せたということだ。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「質問を許す」
 見慣れた姿の黄金色は……私と共に居た彼なのだろうか?
「ギルガメッシュ」
「なんだ」
 試しに名を呼べば怒ることなく応えてくれる。ということは、期待してもいいのだろうか? この黄金のサーヴァントは私と共にいてくれた存在であるのだと。
「今の貴方は、受肉してるの? それとも、霊体?」
「愚問を。だが……まぁいい。我の肉体はしかとこの場にある」
「なるほど……。もう一つ聞いてもいい?」
 質問攻めの私を見下ろしながら、ギルガメッシュは横柄に頷く。
「どうしてここに?」
「それこそ愚問ぞ、彩香」
 鎧の擦れる音を響かせながら距離を詰め、ギルガメッシュは私の腕をとり無理矢理立ち上がらせた。
「い、痛いんですけど!?」
 人が全身筋肉痛モードだというのに、黄金の英霊様は強制的に私を重力の元へ引きずり出す。今更だが自分以外に対しては冷たい男だと恨みがましい視線を向けると、私の不機嫌と反比例するようギルガメッシュは悦の色を瞳に宿す。
「忘れたわけではあるまい」
「……なにを」
 左手に嵌められた銀色を指先でなぞりながらギルガメッシュは口元に弧を引く。まさか、これのせいでギルガメッシュまでもが呼び寄せられたというのだろうか? たかが指輪に召還の力が宿っているなんて聞いていない。
「まさか」
 有り得ないと仮説を切り捨てた私にギルガメッシュは心底楽しいと目を細め、人の羞恥心を煽るよう銀の輪に口付けを落とす。
「だって、たしかに貰ったけど……でも」
 一つの形としてギルガメッシュから指輪を貰った。
 叶えられない願いを、約束を……忘れることなく追い続けた私への褒美だと。マスターとサーヴァントとしての契約は無くとも繋がりはあるという証。
「間違えるな彩香。お前が、我を繋いだのだ」
 ギルガメッシュの言葉に、多種多様な感情が入り交ざってどろどろに溶けていく。
「そ、その……んと……。とりあえず、ごめんなさい」
「フン」
 顔を上げずに紡いだ音をギルガメッシュは一蹴し、私の顎に手を掛け無理に頤を上げた。
「彩香」
「まさか、もう一度ギルガメッシュと契約することになるとはねぇ……」
 不安定な青い世界において、どこまでも眼前の黄金色は華やかだ。
「――汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に……っ!?」
 思い出しながら紡いだ口上は甘い唇で塞がれる。
「なっ、……んぅ……ちょっ!」
 好き放題蹂躙するギルガメッシュに批難の色を向ければ、ぼやけた視界で赤い瞳が楽しげに細まった。酸欠でくらくらしてくる頭と、繋がれた手から伝わる熱さ。逃げようと腰を引けば後頭部を押さえられ、僅かな隙間が完全に埋まる。
「――っ、はっ……ッ! ぎ、ギルガメッシュ!」
「聞き飽きた」
「なに、がっ!」
 空いた方の手でギルガメッシュの体を遠くに押しやりながら、視界に入った令呪にガクリと肩を落とす。あんな契約の仕方聞いてない。というか、ディープキスで契約が成り立つなんて嫌すぎる。せめて普通に口上で……と罵りの言葉を吐こうとしたが、未だ近い距離にいるギルガメッシュが不穏な雰囲気を纏っていたので開こうとした口を閉じた。同じ事を繰り返されてたまるものか。
「いつまで呆けているつもりだ彩香」
「貴方のせいです、って言ってもいいわよね? アーチャーのサーヴァントさん」
 ただでさえ残り少なかった体力は、先程の御陰でゼロに近い。疲労で笑う膝を叱咤しつつ、周囲を検分するギルガメッシュを目で追う。
「随分と不可思議な世よな」
「なんかねー……月らしいよ?」
「月だと?」
 脳裏に浮かぶ己以外の知識に耳を傾けながら、ムーンセル・オートマトンと呼ばれる物体が作り出した虚構世界で聖杯戦争が行われているらしいとギルガメッシュに告げる。
「余興にしてはなかなか」
「言うと思った」
 普通に飽きる王様のことだ、こんな現状を気に入らない方がおかしい。
「見聞してやろうではないか」
 ニヤリと悪人さながらの笑みを浮かべ、ギルガメッシュは踵を返す。
「遅れるでないぞ、彩香」
 金の後姿を見ながら沸き上がってくるのは、懐かしいという思い。
 以前も、私は今みたくギルガメッシュの後姿を見送った。あれは一体、何時の出来事だっただろう?
 届かなかった指先は、少し伸ばせば届く距離にある。温度を感じさせない甲冑越しにギルガメッシュの指先を捉えれば、珍しく驚いたような気配が伝わってきた。
「彩香」
「……置いてかないでよ、誰かさんのせいで疲れ切ってるんだから」
 触れるだけだった手をしっかり握り、前を見たままギルガメッシュの隣に立つ。
「我の契約者ともあろうものが」
「精一杯頑張らせて頂きますよーだ」
 クツクツと咽を震わせる音が繋いだ手から伝わって、私の中にあったわだかまりを霧散させていく。
「んじゃ、いっちょ太陽系最古の物体でも手にいれてみますか」
「珍しく気の利いた事を言うではないか」
 ギルガメッシュの財宝に、地球上の存在以外を加えるのも楽しいかもしれない。どんどん意味不明な状態になっていくバビロンの未来を思い描き、私は始まりの一歩を踏み出した。
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